スローモーション

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「寝る前に辺りを一回りしておこう」
 とのことで、僕とりんさんは暗く濁った色の空の下を歩いていた。
 幸い、その日は赤霧も少なくて、葉をつけたミドリさんの幹が、遠くで静かに光っている夜で。だから、ちょっと気が抜けていたというか。僕が思ったことをふと、そのまま口に出してしまったのがきっかけだった。

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口癖

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「りつさんって、『にゃ』ってよく言いますよね」
「にゃ?」
 大きな耳がぴくりと動き、それまでずっと前を向いていたりつ姉さんがゆっくりと振り向いた。
 それを見た私がまず一番に思ったことは
「余計なことを聞くな」
 だった。

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パジャマ

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 星野はたまに、ファイターちゃんになる。
 今日も夜遅くに帰ってきた。ドアが開く音がして、次にスリッパがぱたぱたと床を叩く音。
 枕に頭を乗せたまま、あたしが薄目を開けた時は確かに星野だったのに。シャワーを浴びてお風呂場から出てきた時にはもうファイターちゃんだった。

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hiccup

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「ひっく……ひっく……」
「……しゃっくりって百回したら死ぬってよく言いますよね」
「どうしてこのタイミングで言う」
「え? 隣でしゃっくりしてる人がいるんだし、思い出すには自然な流れじゃないですか?」

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死んでいくロマンチスト

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「……私は扇くんのことが好きなのだろうか」
 自転車に跨った背中に向けてこぼした呟きは、確かに私の声で出来ていた。
 突如、鼓膜に突き刺さるようなブレーキ音と共に、前を走っていたママチャリが百八十度ぐるりと半回転した。

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