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「ふっふっふっ……私には分かっておりましたとも。阿良々木先輩は、最後には私の元に戻ってくるとね」
 待ち合わせ場所で、そんな決め台詞? を決めた(色々な意味でキマっている)扇ちゃんは確かに僕の知る忍野扇だったのだけれど、なんだかいつもと様相が違っていた。違い過ぎていて、違いが分からない男として知られている僕こと阿良々木暦にも易しい、実に分かりやすい形態変化だったと言えよう。
「私の形状記憶に価値を見出しがちな阿良々木先輩の期待を裏切ってみました」
「きみはいつも嫌なところを裏切るね」

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贅とどん底

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 およそ三ヶ月振りに拝んだ沼地の面は、記憶の中のいけ好かない表情と大して変わりはなかった。
「どうせ、暇しているんじゃないかと思って」
 なんて具合に、顔を近付けてこちらを覗き込みながらやけに嫌味ったらしく笑った顔(ひょっとしたらただの主観だったかもしれないけれど)すらもいつも通りで、しかし、現在の私が置かれた状況にそぐわない訳ではないのが、より癇に障る。

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「突然で恐縮ですが駿河先輩、ちょっとピアスでも開けてみませんか?」
 突然も突然、突然が過ぎる。と、私の耳たぶにピアッサーを拳銃の如く突きつけてくる扇くんに、珍しく激しい抵抗を見せている私だった。
「いや、ちょっと待て。話が見えないぞ扇くん。とりあえず話してみろ。正直、積極的にきみに対する理解を深めたいとは思わないけれど、多分、話せば分かるから。とにかく、その、ピアッサーを下ろして」
 先輩を驚かせる為にわざわざ購入してきたのであろう、その穴を開ける為の工具を握る手を制止し、なんとか顔から引き離そうとしているのだが……結構力強いな、この子。ぐぐ、と力を込めて握り合った手と手は完全に拮抗していた。
「はっはー。話せば分かるって、控えめな命乞いのようでいて実は不遜な台詞ですよねえ。最終的に自分の意見を押し付けたいだけの言い訳じゃないですか。第一、僕達の間に対話は必要ありませんよ」
「必要ありまくりだよ。コミュニケーションを諦めようとするな。私は自分の意見を押し付けてでも自分の貞操を守りたい。そのくらいの権利はある筈だ」
「貞操は貞操でも耳たぶの貞操ですがね。まあ、思いの外普通の貞操観念をお持ちの駿河先輩に免じて正直にゲロっちゃいますと、僕も長くお付き合いしている先輩相手に、心を込めたプレゼントのひとつくらい用意しないと、いい加減愛想を尽かされてしまうかなー、と思いまして」
「尽かすとしたら今だよ、今!」
 私の耳元で試し打ちとばかりに針をガシャガシャやられている今!
 というか、開けるにしてもそんなにいきなり穴を開けるものなのか。冷やしたりとか消毒したりだとかするんじゃないのか? 開けようと思ったことがないから知らないけど、少なくとも心の準備くらいはさせて欲しい。
「冷やすとかえって開け辛いらしいので大変だと思いますよ」
「そんな正論っぽいこと返されても困るよ」
「えー? というか、駿河先輩なら痛いのがお好きだと思ってたのに。あなたの変態性って所詮その程度なんですね」
「そっ……!? いや、いきなり他人の耳に穴を開けようとする方が嗜好としては特殊だからな?」
「あはは。駿河先輩も中々言うようになりましたねえ――あっ」
 と、扇くんが上に覆い被さったまま、一貫してにこりともしない瞳で笑顔を作ったところで、私の巴投げが決まった。この技は安易に使いたくなかったのだが……しかし、彼は私の忠実な後輩を名乗っておきながら全く忠実な素振りを見せないので、私が有する奥義のひとつを見せるのもやむを得まい。
「あいたたた……酷いじゃないですか」
 数秒の間を挟んだ後、扇くんは部屋の隅から起き上がってきた。痛みを訴えてはいたけれど、作った笑顔は崩れていなかったので、同情の余地はないと判断する。
「そもそもどうしてピアス穴が開いていない人間にピアスを贈ろうと思ったんだ」
「ええーっと、……イヤリングだと思って購入したら、ピアスだったんですよね。返品するのも面倒だったし、だったら駿河先輩の耳にピアスホールを開けた方が手っ取り早いかと思って」
「本当の本当に私がきみに愛想を尽かすとしたら、多分今のタイミングだったな」
「ほらほら、どうせ話しても分からないでしょう?」

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「駿河先輩って、僕のこと好きでもなんでもない癖に、どうして僕とセックスするんですか?」
「……きみ、そういう面倒くさいことを言う子だっけ?」
「どちらかと言えば。というか、そんな遊び人みたいな返しはしないでください」
 傷付いちゃうじゃないですかー、と背中の方で扇くんがじっとりと笑った気配がしたが、大したダメージも追ってなさそうだった。こういう口ばっかりのところはそれこそ、面倒くさいの筆頭なのだが。
「あーあ。憧れの先輩が性にだらしないだなんて、見損なっちゃうなー」
 シーツの上に寝そべっていた私を、半ば潰すようにのし掛かっていた扇くんは、詰るようにそう言った。元からゼロ距離だった四本の脚の位置が、絡むような配置に組み変わる。
「今、きみが言える、ような、台詞、か……?」
 彼の下半身が、立てた膝を軸に動き始める。肌と肌が擦れる感覚はするのに、耳から入ってくる音はぐちゃぐちゃと水っぽくて、何をしているかは察しがつくが、あまりフォーカスを当てたくなくて、止める。
 微睡みに落ちそうになっていた頭をゆるく持ち上げると、自分の長い髪の毛先と扇くんの掌が目に入る。伸びっぱなしの髪。手袋をしたままの手。手首までを黒いシャツが覆っているので、私はその下の肌の色を知らない。
 なのに。
「ねえ、どうして僕と、してるんですか?」
「……っ」
 腰の奥から迫り上がってくる感覚が瞼が重くしてきたので、睫で視界に薄い闇が重なる。私から見えない方の手が、私を扱く。押して、引いて、圧して、退いて、が繰り返されて、私の喉が愉悦の声を作る。だけど多分、彼はこれが聞きたいんじゃあない。
「はあ……なんか疲れちゃったなあ」
 緊張と解放を一定量繰り返すと、体勢はそのまま、体重がもろに落ちてきて、私の背骨を圧迫した。着地点には私の頭があった。扇くんはそのまま顔を覗き込んできて。
「ねえ、どうしてだと思います?」
 三度同じ事を訊いた。そうやって私を責める彼の唇の感触も、私は全く知らない。

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