カッターナイフ

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「なあ、あんずさん、カッターを貸してくれないかあ?」
 いきなりの不躾なお願いを前にあんずは咄嗟に眉根を寄せたが、しかし素直に自分の事務机からカッターナイフを取り出した。チキチキと刃を鳴らし、刃こぼれがないことを確認してから手渡してくる様を見て、
(丁寧な子だなあ)
 と、斑は心中で感心の声を漏らした。

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「ふっふっふっ……私には分かっておりましたとも。阿良々木先輩は、最後には私の元に戻ってくるとね」
 待ち合わせ場所で、そんな決め台詞? を決めた(色々な意味でキマっている)扇ちゃんは確かに僕の知る忍野扇だったのだけれど、なんだかいつもと様相が違っていた。違い過ぎていて、違いが分からない男として知られている僕こと阿良々木暦にも易しい、実に分かりやすい形態変化だったと言えよう。
「私の形状記憶に価値を見出しがちな阿良々木先輩の期待を裏切ってみました」
「きみはいつも嫌なところを裏切るね」

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贅とどん底

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 およそ三ヶ月振りに拝んだ沼地の面は、記憶の中のいけ好かない表情と大して変わりはなかった。
「どうせ、暇しているんじゃないかと思って」
 なんて具合に、顔を近付けてこちらを覗き込みながらやけに嫌味ったらしく笑った顔(ひょっとしたらただの主観だったかもしれないけれど)すらもいつも通りで、しかし、現在の私が置かれた状況にそぐわない訳ではないのが、より癇に障る。

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鶏卵の回想

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 その日は朝から頭が痛かった。
 重い瞼を擦りながらカーテンを開けてみたが、窓の外が霧がかってどんよりした空模様だったって訳でも、俺の昨晩の良いとは言えない素行により質の悪い風邪を貰って来たような覚えも、ない。しかし、頭が痛む。正直ずっと毛布に包まっていたかったが、既にシャワーの音が小さく聞こえてくることに気が付かない俺ではなかったので、欠伸を噛み殺しながら寝床から抜け出した。顔を洗って、適当に自分の男ぶりを確認し、そのままだと額に垂れてくる前髪をゴムで括る。それにしても頭が重い。なんででしょうね――っと、朝食の準備の為にキッチンに立ちながら、スマートフォンで適当なニュースのチャンネルを流していたら、得心がいった。
「本日四月三十日は、彼のグロンダーズの会戦より■■年が経過し――」

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