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「駿河先輩って、僕のこと好きでもなんでもない癖に、どうして僕とセックスするんですか?」
「……きみ、そういう面倒くさいことを言う子だっけ?」
「どちらかと言えば。というか、そんな遊び人みたいな返しはしないでください」
 傷付いちゃうじゃないですかー、と背中の方で扇くんがじっとりと笑った気配がしたが、大したダメージも追ってなさそうだった。こういう口ばっかりのところはそれこそ、面倒くさいの筆頭なのだが。
「あーあ。憧れの先輩が性にだらしないだなんて、見損なっちゃうなー」
 シーツの上に寝そべっていた私を、半ば潰すようにのし掛かっていた扇くんは、詰るようにそう言った。元からゼロ距離だった四本の脚の位置が、絡むような配置に組み変わる。
「今、きみが言える、ような、台詞、か……?」
 彼の下半身が、立てた膝を軸に動き始める。肌と肌が擦れる感覚はするのに、耳から入ってくる音はぐちゃぐちゃと水っぽくて、何をしているかは察しがつくが、あまりフォーカスを当てたくなくて、止める。
 微睡みに落ちそうになっていた頭をゆるく持ち上げると、自分の長い髪の毛先と扇くんの掌が目に入る。伸びっぱなしの髪。手袋をしたままの手。手首までを黒いシャツが覆っているので、私はその下の肌の色を知らない。
 なのに。
「ねえ、どうして僕と、してるんですか?」
「……っ」
 腰の奥から迫り上がってくる感覚が瞼が重くしてきたので、睫で視界に薄い闇が重なる。私から見えない方の手が、私を扱く。押して、引いて、圧して、退いて、が繰り返されて、私の喉が愉悦の声を作る。だけど多分、彼はこれが聞きたいんじゃあない。
「はあ……なんか疲れちゃったなあ」
 緊張と解放を一定量繰り返すと、体勢はそのまま、体重がもろに落ちてきて、私の背骨を圧迫した。着地点には私の頭があった。扇くんはそのまま顔を覗き込んできて。
「ねえ、どうしてだと思います?」
 三度同じ事を訊いた。そうやって私を責める彼の唇の感触も、私は全く知らない。

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頚から上がない兄貴が見える

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 その男には頚から上がなかった。
 怖いからあんまりまじまじとは見ることはついぞ出来なかったのだけれど、一歩引いた先から様子を見ただけでも、切り口は生々しい赤だ。頚の皮から肉、中心に備わった骨まで見事に裁断されてあって、きっとこいつの頚を切った奴は確固たる意志を以てして頭を落としたのだろうな、と俺は余計な想像をしてしまった。

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 せめてもの抵抗とばかりに、シーツの上で石の如く動かないでいると。
「ったく、しょうがねえな」
 阿良々木先輩が先に折れた。この人は何かと意地を張りたがる人だが、一度欲に負けるとあとは早い。こういう時、セオリー通りなら俺が口を使うことになるのだが、今日はどういう気まぐれなのか、阿良々木先輩はため息と共に、ゴムの入った袋を破こうとした――と、いうことは、そういうことなのだろう。
 急くような指遣いに、思わず息を飲んだ。滅多に使わないその袋を弄る仕草に感じたのは、期待と喪失感の両方。そして、俺は後者を飲み込むことが出来なかった。
「阿良々木先輩」
「ん?」
 潤滑油で濡れた指先が止まる。ともすれば、この懸念を声にすれば、それを使うこともなく先輩は部屋から出て行ってしまうのかもしれなかったが、それでも俺は、どうしても。
「そのままで良いから」
 ゴムなんて要らない。そのままあなたが欲しい。はっきりと口には出さなかったが、それでも先輩には伝わったらしく、相手は不愉快な気持ちを隠そうともせず、眉間に皺を寄せた。
「腹壊すぞ」
「構わない」
「僕が嫌なんだよ。病気とか」
「……傷付くなあ」
 俺の懇願を無視する形で、薄い膜を隔てたまま、先輩は腰を宛がってきた。この人を受け入れるのはとても久し振りな気がした。

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「俺に言わせれば、阿良々木先輩の方が良く分からないがな。出会ったばかりの頃は、女の子しか抱けないって言っていたじゃないか。なのに、どうして俺と」
「さあな。なんでだろう。あんまり考えたくなかったから、考えたことなかったけどな」
「あ」
 ぞんざいな返事と共に、先輩の掌がするりと伸びてきて、脚の付け根をまさぐり始める。すると、自分の性器が下着の中で欲を吐き出したいとくすぶり始める。
「あ、阿良々木せんぱ……」
「黙ってろ。声聞くと萎えるから」
「う……」
 奥歯を食い締め、漏れそうな声を呼吸と共に逃がす。
「そうだよなあ……初めはお前の触るのって、結構きつかったんだよな」
 と、阿良々木先輩は平気で傷付くことを言ったが、きっと返事は求められていない。
 掌が先端を覆うように被せられ、滲んだ粘液を絡みつかせるように蓋をされた。そのまま焦らすような動作で、上下に扱かれる。だけど、相手の手の動きはどこか上の空で、良いところを的確に責めては貰えない。もしかすると、阿良々木先輩が理由を見つけるまでこのままなのかもしれない――なんて考えに思い至ると、否が応でも腰の奥が熱くなった。
 そのまま待って、待って、待つこと数分間。何度も行き来する手指の感触は、確実に俺を追い詰める。
 やがて、先輩はやっと言葉を見つけたのか、左手が意思を持ち始める。
「多分、あれだな。学校のスターのお前にマウント取れるのって、こうしている時くらいだからかな」
「っ……あ」
 吐き捨てるように呟かれた理由はきっと本心で、俺の胸を静かに抉った。なのに、射精の感覚は癖になりそうな程気持ち良いから恨めしく思う。

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