本日は急病につき

Reader


 私は真面目なバスケットボールプレイヤーではないので、放課後の部活動を黙って抜け出すことにさしたる罪悪感は湧いてこなかった。せめて顧問に一言伝えるのが礼儀だろうという声が聞こえてきそうだが、そんな律儀さや誠実さは社会に出てから嫌でも強要されるのだから、それはその時になってから考えれば良い。なんて、思考を巡らせてしまう私。本当に罪悪感をこれっぽちも感じていないのだとしたら、そんな心配はしない筈だろうと悪態をつく。厄介だね、体育会系気質って。

0

口唇欲求にそれ以上はない

Reader


 教室に並んだ席を埋めていたのは、私をカウントして三人だった。
 自分の席でつらつらとうたた寝をしていた私と、書きかけの進路希望調査を机に広げている神原駿河と、もう一人。
 あの後輩は、どうして三年生の教室を覘くのが好きなのだろう。まだ完全に覚醒していない寝ぼけた頭で考えたことは一番がそれで、次は神原のペンを握る手が止まっているな、ということだった。悪影響しかない。
「口唇欲求ってご存知ですか?」
「それは、あれだろう? 生まれて間もない頃、口を通して受ける愛情が満たされていないと、大人になってから煙草を好んだり、爪を噛む癖があったり、ガムをよく噛んだりする時がある……みたいな」

0

ひとでなしの恋

Reader


05 彼女のそれは本望である

「さて、そろそろ答え合わせをしましょうか」
 私の話を聞き終えて、扇くんは結論を急ぐかのようにそう言った。
「扇くん。女性の経歴を必要以上に探る男は嫌われやすいぞ?」
「駿河先輩に嫌われてしまうのは頂けませんが、この世のあらゆる嘘や誤魔化しを排斥するのが僕のお仕事ですから。真実を解き明かす為に僕は存在しているんです――尤も、今から語られる真相は無論、駿河先輩も分かっている真実でしょうけれど」

0

ひとでなしの恋

Reader


04 彼女のそれは償いである

 神原とまともに再会したのは、制服のリボンの色が二度ほど変わってからだった筈で、その変化に年月の重さを感じられる程、私は真面目な学生ではないことも事実だった。
 薄暗い体育倉庫の中では、識別出来る色もそう多くはなかったし、些細な問題だ。
 ただ、顔を見ずに会話をするには、おあつらえ向きのシチュエーションだった。

0

ある追想

Reader


 古い知り合いが自分の知らぬ間に幽霊になっていようと、私は別に構わない。古い知り合いという関係が友達めいた何かに変化しても。友達めいた何かからそれ以上の何かに変化しても。
 ただ、彼女が人間らしく暮らしているのが問題だ。

1