僕の神原がボブカットになった

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03

 私の先輩が帰って来ない。

「お邪魔しまーす。うわあ、相変わらず酷いですね。お部屋が変わってもぐっちゃぐちゃですね」
 私こと神原駿河が寝起きしている部屋に足を踏み入れて早々、彼はそんな風に自分の口元を覆った。真っ黒い手袋で包まれた、己の掌で。
「面積がコンパクトになった分、悪化してませんか? 地獄の釜の蓋でも開けたのかと思いましたよ」
 彼こと忍野扇くんの指摘は中々言い得て妙だったが、その比喩は私ではなく彼にこそ相応しいのではないか、なんてやや不埒なことを思う。あの人は今頃どんな地獄を見ているのやら。
 阿良々木先輩が失踪して、なんと十日が経とうとしている。そろそろ大学の単位を落とさないか、本気で心配になってくる頃だ――と、それはさて置いて。私の胸中に、心配事がもう一つ。

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ひとでなしの恋

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04 彼女のそれは償いである

 神原とまともに再会したのは、制服のリボンの色が二度ほど変わってからだった筈で、その変化に年月の重さを感じられる程、私は真面目な学生ではないことも事実だった。
 薄暗い体育倉庫の中では、識別出来る色もそう多くはなかったし、些細な問題だ。
 ただ、顔を見ずに会話をするには、おあつらえ向きのシチュエーションだった。

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ある追想

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 古い知り合いが自分の知らぬ間に幽霊になっていようと、私は別に構わない。古い知り合いという関係が友達めいた何かに変化しても。友達めいた何かからそれ以上の何かに変化しても。
 ただ、彼女が人間らしく暮らしているのが問題だ。

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モデル

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「アルバイトを頼みたいのだけれど」
 と、戦場ヶ原先輩が言ったのは、清風中学の制服が夏服へと切り替わっていた季節で、でも私の腕に日焼けの跡がつく前の時分だった。
 その申し出は柔らかい物腰で決して無理強いされている感覚はなく、でもどうしてかこっちが断ることを躊躇してしまうような調子だった。勿論当時の私は戦場ヶ原先輩からの頼みを断る訳がなかったので、実際は全く躊躇することもなく――どころか一考するまでもなく、こう答えることとなる。
「戦場ヶ原先輩からお金を貰うなんてとんでもない。私に出来ることなら協力させてくれ」
「そう? ありがとう、神原」
 後輩の厚意を素直に受け取ってくれる。そういう気負いしないところも好きだった。

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