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「そこは戦場ヶ原さんの敏腕の振るい所というやつよ」
 と、ココア色の生地を詰めた型をオーブンに運んだ戦場ヶ原先輩はお得意の支配者のポーズでのたまったので、あとはもう、焼き上がるのを待つだけのフェーズに入っているらしかった。
 まもなくチョコレートが焼かれた時の、甘くむせ返るような香りが部屋に充満してくる。戦場ヶ原先輩は満足そうな面持ちでお湯を沸かし、休憩中に飲む為のお茶を淹れていた。
 調理作業中、私は全くといって良い程役に立たなかったので(謙遜じゃない)、せめて洗い物くらいはさせて頂こうかと一人シンクに立った。
「紅茶が冷めるわよ、神原」
「うむ。すぐに終わらせる」
 流しの中のボウルはチョコレートとバターが混ざり合った跡がある。不意に、その全てをぐちゃぐちゃにしてやりたい衝動に駆られたが、気付かなかったことにして、スポンジの上に台所用洗剤を絞った。

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「アルバイトを頼みたいのだけれど」
 と、戦場ヶ原先輩が言ったのは、清風中学の制服が夏服へと切り替わっていた季節で、でも私の腕に日焼けの跡がつく前の時分だった。
 その申し出は柔らかい物腰で決して無理強いされている感覚はなく、でもどうしてかこっちが断ることを躊躇してしまうような調子だった。勿論当時の私は戦場ヶ原先輩からの頼みを断る訳がなかったので、実際は全く躊躇することもなく――どころか一考するまでもなく、こう答えることとなる。
「戦場ヶ原先輩からお金を貰うなんてとんでもない。私に出来ることなら協力させてくれ」
「そう? ありがとう、神原」
 後輩の厚意を素直に受け取ってくれる。そういう気負いしないところも好きだった。

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