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「そこは戦場ヶ原さんの敏腕の振るい所というやつよ」
 と、ココア色の生地を詰めた型をオーブンに運んだ戦場ヶ原先輩はお得意の支配者のポーズでのたまったので、あとはもう、焼き上がるのを待つだけのフェーズに入っているらしかった。
 まもなくチョコレートが焼かれた時の、甘くむせ返るような香りが部屋に充満してくる。戦場ヶ原先輩は満足そうな面持ちでお湯を沸かし、休憩中に飲む為のお茶を淹れていた。
 調理作業中、私は全くといって良い程役に立たなかったので(謙遜じゃない)、せめて洗い物くらいはさせて頂こうかと一人シンクに立った。
「紅茶が冷めるわよ、神原」
「うむ。すぐに終わらせる」
 流しの中のボウルはチョコレートとバターが混ざり合った跡がある。不意に、その全てをぐちゃぐちゃにしてやりたい衝動に駆られたが、気付かなかったことにして、スポンジの上に台所用洗剤を絞った。

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でも美術室に呼び出されると行く

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「宇髄センセには、彼女が三人いるって本当ですか」
 放課後の美術室にわざわざ赴いてやったのだ。このぐらいの報復は許されるだろう、と切り出した俺の質問は、予想以上に宇髄先生の弱点にクリティカルヒットしたらしかった。期末考査の採点をしていた先生の手から赤ペンがぽろり、と落ちるのを見て、珍しいこともあるもんだと俺は目を見開く。

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塩漬けにした牛肉の缶詰について

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 備え付けの鍵を剥がして、缶の表面から少しはみ出していたでっぱりに差し込む。そのままくるくる外周に沿って回していけば、ぴりり、と亀裂が入っていく。鍵に巻き付く金属の細い帯は、上手に剥けた果物の皮のようにも見えた。

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