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 せめてもの抵抗とばかりに、シーツの上で石の如く動かないでいると。
「ったく、しょうがねえな」
 阿良々木先輩が先に折れた。この人は何かと意地を張りたがる人だが、一度欲に負けるとあとは早い。こういう時、セオリー通りなら俺が口を使うことになるのだが、今日はどういう気まぐれなのか、阿良々木先輩はため息と共に、ゴムの入った袋を破こうとした――と、いうことは、そういうことなのだろう。
 急くような指遣いに、思わず息を飲んだ。滅多に使わないその袋を弄る仕草に感じたのは、期待と喪失感の両方。そして、俺は後者を飲み込むことが出来なかった。
「阿良々木先輩」
「ん?」
 潤滑油で濡れた指先が止まる。ともすれば、この懸念を声にすれば、それを使うこともなく先輩は部屋から出て行ってしまうのかもしれなかったが、それでも俺は、どうしても。
「そのままで良いから」
 ゴムなんて要らない。そのままあなたが欲しい。はっきりと口には出さなかったが、それでも先輩には伝わったらしく、相手は不愉快な気持ちを隠そうともせず、眉間に皺を寄せた。
「腹壊すぞ」
「構わない」
「僕が嫌なんだよ。病気とか」
「……傷付くなあ」
 俺の懇願を無視する形で、薄い膜を隔てたまま、先輩は腰を宛がってきた。この人を受け入れるのはとても久し振りな気がした。

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「まず大所帯で海に行くってのが非現実的なプランだったんだよな。あれだけ人数がいるんだ。一人くらい団体行動に向いていない奴がいたって、なんらおかしいことじゃあない」
「恐れながら差し出がましいことを言わせて頂くがな、阿良々木先輩。その論は一般論としては正しいのかもしれないけれど、少なくとも、団体行動からはぐれてしまった私達がして良い指摘ではないと思う」
 折り畳み式の自転車を漕ぐ僕の隣を並走していた神原後輩は、辛辣な意見を述べた。
 その指摘は確実に僕の心を抉ったが、まあ、イベント嫌いの僕が寝坊した所為で、戦場ヶ原に命じられて僕を迎えに来た神原までもが遅刻組の道中を辿ることになっているのだから、後輩が先輩を窘めるという不義を働かれようと、出来る説教はあまりない……負け惜しみとして流してくれと願うことだって、過ぎた要求だろう。炎天下の玄関先で、僕を忠犬のように待っていてくれた後輩に頭を下げに下げまくるフェーズはとうに過ぎたので、ここは黙って臨海の駅からビーチへ向かう道中を楽しむべきである。
 さて、グループチャット(何を隠そう、僕は今回の海行きで初めて使った)で、羽川から追い打ちで投げられていたありがたい位置情報によると、もう間もなく熱い砂浜が見えて来る筈なのだが。
「もう私は待ちきれないぞ、阿良々木先輩。ここで脱いでしまっても構わないだろうか」
「公道を半裸で走りたがるな。僕達の目的地が海辺から取調室に変わるのはごめんだぜ」
「中に着てきた水着がもうびしょびしょだ」
 と、走りながら神原は来ていたTシャツの裾をはためかせた。白いシャツの下に一体どんな色を隠していたのか興味がないでもなかったが、先駆けて隣を凝視しても何も見えなかった。

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