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「食欲旺盛な駿河先輩を見込んでのお願いなのですが……これ、僕の分まで食べてくれる気はありません?」
 と、真っ青なかき氷を前にしながら、扇くんが甘えてきた。彼が食している氷の山は三分の一が削られているけれど、残りを全部お腹に収めるには長い道のりになりそうだな、と推察する。
「食欲旺盛って言うけどな、扇くん。私も、これでも日頃から頑張って食べている方だから」
 積極的に食べて行かないと痩せていく体質の私は、今日もせっせとカロリー摂取に勤しむべきである。だけど、私は私で赤いシロップが掛かった山を食べ終えたばかりなので、扇くんの要請は辞退したいというのが正直なところだった。
「きみが一緒に行きたいって言ったんだろう。責任を持って最後まで食べるべきだ」
「こんなに大きいとは思わなかったんですよ。女子の如く胃が小さいもので」
「その言い訳は私の立場がないぞ」
「残しちゃっても良いですかね? 別に、命を頂いている訳でもないですし」
「それは――」
 と、反射的に何かを反論しかけたけれど、特に浮かばなかった。
 そりゃあそうだ――否、一緒に添えられた白玉やら練乳やら、ひいてはシロップに使われている着色料。その全てに人の手が加わっていないなんてことはないし、厳密には違うのかもしれないけれど――しかし感覚的に、扇くんがそう主張したがるのは、私にも分からない気持ちではなかったからだ。氷自体は溶けてしまえばただの水だし……。
 ただの水、か。
「はい、駿河先輩。あーん」
 記憶のフックに何かが引っ掛かりそうになった刹那。ふと前を見れば、扇くんがうんざりした様子で、氷が乗ったスプーンを私に差し出していた。
「あーん……じゃないよ。食べさせられ方が不服だった訳ではない」
「はっはー。着色料で舌が赤くなってましたよ」
「他人の口腔内に興味を示すな」
 舌に乗せられた青い味は冷たく、おかげで何を考えかけたのか忘れてしまったが、まあ良い。

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「こんなところに居たのか、阿良々木先輩」
 と、神原駿河は仕事着(バニーガール衣装)で、喫煙室の透明なドアを押し開けてきた。反射的に、僕は吸いさしの煙草を後輩の身体から遠ざける。フィルターはまだ長かった。
「休憩していると聞いて、随分探したんだぞ」
 そんな僕の配慮はつゆ知らず、神原は不服そうに頬を膨らませた。かように懐いてくれるのはありがたいが、実のところ、僕はこいつをまく為に喫煙室に避難していた側面もあるので、なんとも言い難い。
「これ、終わったら行くから」
 だから、ぶっきらぼうに投げた言葉には、素直に「応」と返事を貰うのが僕の理想だったのだが、
「そうか。ならば私も一緒に待とう」
 神原が選んだのは真逆の意思だった。……まあ、そうなる予感はしてたけどな。
 となると、僕に出来ることと言えば早めにニコチンの摂取を終えてしまうことくらいなので、少し深めに息を吸った。細く煙を吐き出す僕を見て、神原は言う。
「なあ、阿良々木先輩。私にも一本くれないだろうか」
 掛け値なしに愛想の良い笑い方だった。
 これもまた予想していた流れで、だから僕は日頃こそこそと喫煙所に通う羽目になっているのだが――とにかく、どんなに愛らしくおねだりされようと、返事はまたいつも通りのものを返すべきだと、僕はまた煙と一緒にため息を吐く。
「駄目だ」
「どうして?」
「身体に悪いから」
「ならば阿良々木先輩も禁煙するべきだ」
「僕は良いんだよ」
「阿良々木先輩が吸っているものなら、私も吸ってみたい」
 兎を模した耳飾りが、僕の心を試すように揺れる。

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