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「俺に言わせれば、阿良々木先輩の方が良く分からないがな。出会ったばかりの頃は、女の子しか抱けないって言っていたじゃないか。なのに、どうして俺と」
「さあな。なんでだろう。あんまり考えたくなかったから、考えたことなかったけどな」
「あ」
 ぞんざいな返事と共に、先輩の掌がするりと伸びてきて、脚の付け根をまさぐり始める。すると、自分の性器が下着の中で欲を吐き出したいとくすぶり始める。
「あ、阿良々木せんぱ……」
「黙ってろ。声聞くと萎えるから」
「う……」
 奥歯を食い締め、漏れそうな声を呼吸と共に逃がす。
「そうだよなあ……初めはお前の触るのって、結構きつかったんだよな」
 と、阿良々木先輩は平気で傷付くことを言ったが、きっと返事は求められていない。
 掌が先端を覆うように被せられ、滲んだ粘液を絡みつかせるように蓋をされた。そのまま焦らすような動作で、上下に扱かれる。だけど、相手の手の動きはどこか上の空で、良いところを的確に責めては貰えない。もしかすると、阿良々木先輩が理由を見つけるまでこのままなのかもしれない――なんて考えに思い至ると、否が応でも腰の奥が熱くなった。
 そのまま待って、待って、待つこと数分間。何度も行き来する手指の感触は、確実に俺を追い詰める。
 やがて、先輩はやっと言葉を見つけたのか、左手が意思を持ち始める。
「多分、あれだな。学校のスターのお前にマウント取れるのって、こうしている時くらいだからかな」
「っ……あ」
 吐き捨てるように呟かれた理由はきっと本心で、俺の胸を静かに抉った。なのに、射精の感覚は癖になりそうな程気持ち良いから恨めしく思う。

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 姉が出て行ったのは私がまだ学生の頃だった。
 姉はある日突然居なくなった。彼女の自室は空っぽだった。姉を示すものが何ひとつ残されていないのを確認し、実にあの姉らしいと私は思ったものだった。
 例えば、お気に入りだと言っていた小説。例えば、葛藤の末、背伸びして買ったという化粧品。昔は私も少女だったから、歳の離れた姉の持つそれらに憧れの気持ちを持つこともあったけれど、いつからか羨ましいとすら思わなくなっていた――と、自覚したのはこのタイミングで、姉の全てが私の前から消えてからだった。
 私から見た私の姉は鬼のように厳格な人物で、ものを不用意に持つことを良しとしないというか、言い換えれば、何を持つにも理由めいたものを見つけて、紐付けて、それをもっともらしく人に説くような偏屈な質だった。それが高じて――あれは当時の私と同じくらいの歳の頃だったかな。自分を甘やかす一切を排除しようとする化物を産んだ姉は、最終的にはその矛先を自分のボーイフレンドに向けてしまった。以来、姉は自分に必要なものしか周りに置かなくなってしまった。
 そんな経緯を知っていたからだ、とは言わないが。家に残された私は、姉にとって必要なものではなかったと証明されたかのようで、安堵の気持ちを覚えたものだった。勿論、私の姉がかような薄っぺらい感情論で動くような人物だとも思っていなかったので、この感傷が不要なものだということは、まだなんでもは知らなかった私でも知っていたことだが。
 それよりも、あの姉を見て育った私は、一体どんな化物を産むのか――当時の私は、そのことで頭が一杯だったのは幸いだった。
 そんな昔話も、もう十数年前のことになる筈なのだけれど、つい先日出来たばかりの友人――まだ年端もいかない男子高校生の彼を見ていると、どういう訳だか私は、姉が好いていたボーイフレンドのことを思い出す。

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「なあ、阿良々木先輩。水着を買いに行きたいのだが、一緒に選びに行ってはくれないだろうか?」
「だからなんでお前はそうやって、僕と付き合ってる奴っぽいイベントを用意してくるんだよ」
「阿良々木先輩の審美眼を信頼してお願いしているのだ。早急に私に似合う水着が必要になったから」
 かように、くすぐったいことを言われてしまうと、安易に「友達と選びに行けば良いじゃねーか」なんて無粋なことは言えなくなってしまう僕である。
「来週までに必要なのだが、如何せん私は水着といえばスクール水着しか持っていない」
「へえ、意外……でもないか。お前らしいな」
「スクール水着も素晴らしい文化のひとつだとは思うが……折角のデートだからな。なるべくお洒落をしていきたい」
 と、心成しか電話の向こうの神原の声が弾んだ。
 で、デート? 神原さんが水着でデートだと?
「あれ? 阿良々木先輩、もしかして知らないのか? 戦場ヶ原先輩に誘われたから、てっきり知っているものかと」
「な、なんだよ。お前のデートの相手って、ひ……戦場ヶ原か」
「うん。なんでも、ナイトプールに行きたいんだとか」
「初耳なんですけど?」
 僕だって、あいつとプールサイドでデートしたことなんてないのに。
 だけど、日頃から己の裸体を見せたがっている神原の水着姿がどんなものなのかは気になったので(決してやましい気持ちはない)、うっかり了承の返事をしてしまった。

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