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「戦場ヶ原先輩について?」
 突然投げた私の質問を、神原さんは小首を傾げながら復唱した。
「うん。神原さんから見て、戦場ヶ原さんってどう見えるのか、ちょっと気になって。それこそ中学校の頃が顕著だったけれど、後輩の女の子から凄く人気だったでしょ?」
 私は私なりにオブラートに包んで伝えたつもりだったのだけれど、結果的にぼんやりとした物言いになってしまった。それが不味かったのか、基本的に溌溂としたイメージを損ねない筈の彼女の眉間に、少しだけ皺が寄る。少なからず感じるところがあったらしく、神原さんは、
「羽川先輩程の慧眼を持っていながら、計り間違いをするとは意外だな。私をただのレズだと思ったら大間違いだぞ。私は私がレズだから戦場ヶ原先輩が好きなのではなく、あの方が戦場ヶ原先輩だから戦場ヶ原先輩が好きなのだ」
 と、私に言った。ひとつの台詞に三度も戦場ヶ原さんの名前が登場し、指示語も沢山ちりばめられているそれは、一見すると雑多な印象が目立つ。なのに、どこか芯の通った強さがあった。
 そうして胸を張る様は堂々としていて、潔くて、それらは私にないものだな、と感じさせられる。同時に、言う相手を間違えている感覚も、どうしたって感じずにはいられないけれど……。
「……うん。ごめんなさい、失言だったね」
「なあに、大過ない。最終的に分かって貰えればそれで良い」
 と、力強く頷く神原さんは、その態度が学校の先輩相手だという点だけを差し引けば、素直に格好良かったと思う。
 成程、昔の戦場ヶ原さんに負けず劣らず、年下にモテる筈だ。

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「老倉さんに必要なのは自己肯定感だと思うな」
 なんて、仲の良い(相手なんて私の周りに居たためしがないけれど、偶々座席が隣だったので話す機会も必然と多く、かつ私が学校に通っていた期間は疎らだったという事実を後から鑑みても、彼女は挨拶を交わす回数のカウントアップが捗る貴重な人材だった。だから、多少はおこがましい表現を選んでも差支えはないのかもしれない)友人から言われた時、こいつは頭がおかしいんじゃないかと思った。だけど、彼女が悪気があって言った訳ではないと察されたので、私は文句ひとつ出さず。
 そ、そうかしら?
 こんな風に、当たり障りのない(どもった時点で差し支えてはいたけれど)相槌を打つだけに留める。勿論、心の中で舌を出すことも無い。それは別に私が誠実だからという理由ではなく、真相は寧ろ真逆であり――というか、そんな残酷な助言、本当に悪気があってする訳がないでしょ。普通なら。
 だけどそれは単に悪気がないというだけであって、私の為になる言葉だったかどうかは、甚だ疑問だ。あらゆる言葉は私にとって刃物に成り得る。それが例えどんなに好ましく思っている相手から貰ったものだとしてもだ。
 かような私の思考回路を指して彼女は「自己肯定感が低い」と言ったのかもしれないが、私はどうしたって痛がりで、頭がおかしい疑惑がある彼女よりも私の頭がおかしいということは命題として紛れもなく真だ。失礼ながら、相手は善意の指摘を投げるのがあまり上手いとは言えなかったけれど、私は私で上手な捕手になれる訳がない。
「試しに自分のことを褒めてみてよ」
 嫌よ。何が楽しくて自分なんかを褒められるのよ。褒められるべきタイミングで褒められるなら分かるけれど。
「なんだ。褒められたくないって訳じゃあないんだ」
 と、相手がおかしそうに笑うから。複雑な気持ちは少しだけ凪いだ。笑われるのは嫌いだが、相手が笑うのは嫌いじゃないのかもしれない――この気持ちを開示したら相手は先の発言を撤回してくれるのかもしれなかったが、悲しいかな、そんな度胸は私に無かった。

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