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「ふっふっふっ……私には分かっておりましたとも。阿良々木先輩は、最後には私の元に戻ってくるとね」
 待ち合わせ場所で、そんな決め台詞? を決めた(色々な意味でキマっている)扇ちゃんは確かに僕の知る忍野扇だったのだけれど、なんだかいつもと様相が違っていた。違い過ぎていて、違いが分からない男として知られている僕こと阿良々木暦にも易しい、実に分かりやすい形態変化だったと言えよう。
「私の形状記憶に価値を見出しがちな阿良々木先輩の期待を裏切ってみました」
「きみはいつも嫌なところを裏切るね」

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「扇ちゃん……」
 待ったが掛かったのは、相手の制服のボタンに手を掛けたタイミングだった。
「あー……すみません。ちょっと身体を作るので待ってください」
「身体を作る?」
「なんでもありません。目を閉じて三秒待ってください。きっと良いことがありますから」
 良いことか。扇ちゃんがそう言うなら良いことなのだろう。ならば素直に目を瞑る阿良々木先輩だぜ。
 もしかするとこれは体の良い言い訳で、目を瞑っているうちに扇ちゃんが逃げてしまうんじゃないかという予感はないでもなかったが、ここは相手を信じるしかない。これは特別に意識しないと分からないことだが、視界を瞼で塞ぐと、閉塞感と孤独感がぐっと強くなった。
「いーち。にー。さん」
 扇ちゃんの声が平坦に数を数えた。合わせて小さく衣擦れの音がしたから、なんとなしに期待が高まってしまう。
「はい、もう良いですよ」
 と、相手からの許しを待って、ゆっくりと瞼を持ち上げると、先と同じ姿勢で、制服の胸元を突き出すように立つ扇ちゃんが視界の中央に映った。……三秒前と特に変わった様子は見られないのだけれど。
「……何をしたの?」
「知らなくて良いことです。阿良々木先輩に幻滅されないよう、私はこれでも努力しているのですよ」

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昔話はドーナツ店で

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「二十四日、空けておいてください」
 と、扇ちゃんが言ったのは、その待ち合わせ当日から二十日程前のことで、随分と気の早い話だな、と思ったことを覚えている。それでも僕、阿良々木暦は、その場で自分のスケジュール帳を開き、カレンダーに丸を付けるくらいには、彼女の気持ちを慮ってやりたいと思った。

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