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「いい加減、友達に戻るべきだと思うんですよ。僕と駿河先輩」
 いつになく浮かない顔で扇くんが言った。
「戻るべきも何も……きみと私、友達以上になった覚えがないのだが」
「あれ? そうでしたっけ?」
「そうだよ」
 昔の阿良々木先輩にもその気があったが、扇くんはどうも記憶喪失を装おうとする節がままある。かてて加えて、私同様、ない筈の記憶を捏造してふざける癖もあった。ハイブリッドなボケ方は器用だけど、先輩として流されまいと気を遣う必要があった。
 のっけから重苦しい表情をしていたからどんなシリアスな話が始まるのかと思いきや、私が突っ込むとすぐにいつもの飄々とした顔に戻ったから、まあ、例によって言ってみただけのジョークなんだろうな。
「そもそも、僕と駿河先輩ってお友達同士なんですかね?」
「友達――とはちょっと違うのかもしれないけどな。先輩と後輩だし」
「何を仰るんですか。愛さえあれば歳の差なんて」
「だからそれは友達じゃない間柄で使う台詞だろう」
 きみはどうしても一足飛びで私との距離を詰めたがるよな。
「えー? それはつまり、僕とはお友達になりたくないってことですか?」
「先輩と後輩で良いだろう。今まで通り」
「ははあ、成程。どうしても友達になりたくないというのなら、僕も駿河先輩と改めて友達以上の関係になるのは吝かではありません」
「分かった。きみとは友達で良い」
「わーい」
 と、扇くんは両手を広げて喜ぶようなポーズを取った。
 ……なんだかなあ。
 友達が欲しいんだったら、最初から素直にそう言えば良いのに。
「じゃあ、友達の駿河先輩。今度お家に遊びに行っても良いですか?」
「まあ、そのくらいなら良いよ」
「友達の駿河先輩とお泊り会がしたいなあ」
「うーん? それもアリなのかな? 私は男の子の友達がいた試しがないので、いまいち加減が分かっていないけれど、友達だったらパジャマパーティーのひとつやふたつ、やってもおかしくないもんな」
「あー、でも僕、枕が変わると眠れないんですよ。なので、寝る時は友達の駿河先輩のお胸を借りても良いですか?」
「あんまりふざけるようだと私は今すぐきみの友達をやめるぞ」
 私だって健全な女子高生だから、エロい話をする友達は少なくないけれど、きみをそういう友達としてカテゴライズするのはちょっと違う気がするんだよな。
「え? 駿河先輩ともあろうお方が、まさか友達を選り好みしているんですか?」
「また嫌な言い方をするなあ。そうじゃなくて、誰にだって話題の向き不向きがあるって話だよ」

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うちのナースはおさわり禁止2

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04

 沼地蠟花のことを何も知らない。
 生まれも育ちも。将来の展望も。月に二度は私に会いに来て、安くはない酒と接客に金を落としていくけれど、その金はどこから回ってくるのかも。病院に人一倍苦手意識を持っている癖に、心理カウンセラーを志すようになった心境も――その病院嫌いの理由だって、全てを開示する義務などない筈なのに、沼地は私に話してくれた。しかし、それも私にとっては理解しかねるものだった訳で。
 とどのつまり、私は彼女のことを何も分かっていないのだろう。
 私だって、ただ黙って相手の隣に座っている訳ではない。実は喋り上手な彼女の言葉を――素直に受け取るには巧妙に混ぜられた皮肉をかわす必要があるし、毎度毒見でもするような心持ちにさせられる言葉の数々を――なるべく受け止めようとはしている。
 それでも私は、彼女について何も知らないと言えよう。相手の話を聞けないことは、少なからず自分が不道徳を働いているような気持ちも芽生えるが、しかし。

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うちのナースはおさわり禁止2

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03

 沼地蠟花は一人暮らしをしていた。
 いや、戸籍謄本上は、今もしている。
 ならばどうして過去形で表現したかと言えば、ミクロ的に考えた場合に、つまりはここ数日の生活を振り返った場合に、現在進行形で表すのはどうかと思ったのだ。

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