Reader


「こんなところに居たのか、阿良々木先輩」
 と、神原駿河は仕事着(バニーガール衣装)で、喫煙室の透明なドアを押し開けてきた。反射的に、僕は吸いさしの煙草を後輩の身体から遠ざける。フィルターはまだ長かった。
「休憩していると聞いて、随分探したんだぞ」
 そんな僕の配慮はつゆ知らず、神原は不服そうに頬を膨らませた。かように懐いてくれるのはありがたいが、実のところ、僕はこいつをまく為に喫煙室に避難していた側面もあるので、なんとも言い難い。
「これ、終わったら行くから」
 だから、ぶっきらぼうに投げた言葉には、素直に「応」と返事を貰うのが僕の理想だったのだが、
「そうか。ならば私も一緒に待とう」
 神原が選んだのは真逆の意思だった。……まあ、そうなる予感はしてたけどな。
 となると、僕に出来ることと言えば早めにニコチンの摂取を終えてしまうことくらいなので、少し深めに息を吸った。細く煙を吐き出す僕を見て、神原は言う。
「なあ、阿良々木先輩。私にも一本くれないだろうか」
 掛け値なしに愛想の良い笑い方だった。
 これもまた予想していた流れで、だから僕は日頃こそこそと喫煙所に通う羽目になっているのだが――とにかく、どんなに愛らしくおねだりされようと、返事はまたいつも通りのものを返すべきだと、僕はまた煙と一緒にため息を吐く。
「駄目だ」
「どうして?」
「身体に悪いから」
「ならば阿良々木先輩も禁煙するべきだ」
「僕は良いんだよ」
「阿良々木先輩が吸っているものなら、私も吸ってみたい」
 兎を模した耳飾りが、僕の心を試すように揺れる。

0
Reader


「まず大所帯で海に行くってのが非現実的なプランだったんだよな。あれだけ人数がいるんだ。一人くらい団体行動に向いていない奴がいたって、なんらおかしいことじゃあない」
「恐れながら差し出がましいことを言わせて頂くがな、阿良々木先輩。その論は一般論としては正しいのかもしれないけれど、少なくとも、団体行動からはぐれてしまった私達がして良い指摘ではないと思う」
 折り畳み式の自転車を漕ぐ僕の隣を並走していた神原後輩は、辛辣な意見を述べた。
 その指摘は確実に僕の心を抉ったが、まあ、イベント嫌いの僕が寝坊した所為で、戦場ヶ原に命じられて僕を迎えに来た神原までもが遅刻組の道中を辿ることになっているのだから、後輩が先輩を窘めるという不義を働かれようと、出来る説教はあまりない……負け惜しみとして流してくれと願うことだって、過ぎた要求だろう。炎天下の玄関先で、僕を忠犬のように待っていてくれた後輩に頭を下げに下げまくるフェーズはとうに過ぎたので、ここは黙って臨海の駅からビーチへ向かう道中を楽しむべきである。
 さて、グループチャット(何を隠そう、僕は今回の海行きで初めて使った)で、羽川から追い打ちで投げられていたありがたい位置情報によると、もう間もなく熱い砂浜が見えて来る筈なのだが。
「もう私は待ちきれないぞ、阿良々木先輩。ここで脱いでしまっても構わないだろうか」
「公道を半裸で走りたがるな。僕達の目的地が海辺から取調室に変わるのはごめんだぜ」
「中に着てきた水着がもうびしょびしょだ」
 と、走りながら神原は来ていたTシャツの裾をはためかせた。白いシャツの下に一体どんな色を隠していたのか興味がないでもなかったが、先駆けて隣を凝視しても何も見えなかった。

0
Reader


「なあ、阿良々木先輩。水着を買いに行きたいのだが、一緒に選びに行ってはくれないだろうか?」
「だからなんでお前はそうやって、僕と付き合ってる奴っぽいイベントを用意してくるんだよ」
「阿良々木先輩の審美眼を信頼してお願いしているのだ。早急に私に似合う水着が必要になったから」
 かように、くすぐったいことを言われてしまうと、安易に「友達と選びに行けば良いじゃねーか」なんて無粋なことは言えなくなってしまう僕である。
「来週までに必要なのだが、如何せん私は水着といえばスクール水着しか持っていない」
「へえ、意外……でもないか。お前らしいな」
「スクール水着も素晴らしい文化のひとつだとは思うが……折角のデートだからな。なるべくお洒落をしていきたい」
 と、心成しか電話の向こうの神原の声が弾んだ。
 で、デート? 神原さんが水着でデートだと?
「あれ? 阿良々木先輩、もしかして知らないのか? 戦場ヶ原先輩に誘われたから、てっきり知っているものかと」
「な、なんだよ。お前のデートの相手って、ひ……戦場ヶ原か」
「うん。なんでも、ナイトプールに行きたいんだとか」
「初耳なんですけど?」
 僕だって、あいつとプールサイドでデートしたことなんてないのに。
 だけど、日頃から己の裸体を見せたがっている神原の水着姿がどんなものなのかは気になったので(決してやましい気持ちはない)、うっかり了承の返事をしてしまった。

0
Reader


 やっとの思いで全部入れた。いやもう、マジで千切れるかと思っちゃったぜ。
 互いの手指を割るようにして握った手が熱い。薄い膜越しに感じる体温と圧迫感は僕の快楽中枢を確実に刺激してくる――だけど、これで合っているのかどうか。それは僕も神原も知らない。童貞喪失と処女喪失のタイミングを同じにしている以上、不安はどうしたって拭いきれなかった。それは仕方がない。つい数分前まで、僕達はゴムの付け方すら分からなかったのだから。
「や、ったな、あららぎせんぱい……ついに、ついに私達は乗り越えたぞ……!」
 神原は神原で、なんだか場にそぐわない喜び方をしているし。そりゃあ確かに、相手の声には色気があったのだけれど、もっとこう、なんというか……。
 僕は思わず、神原の胸元に額を付ける形でへたり込んでしまった。いや、初めてに大層な夢を思い描いていた訳じゃあないけどさあ。
「ん。どうした阿良々木先輩。折角上手くいっていたのに、どうして元気を失くしてしまうんだ」
「お前がうるさいからだよ……」
 腰を退かせようとすると、萎縮した自分のペニスから避妊具が外れ落ちた。

0