#リプ来たキャラに自分の私服を着せる

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05

「おお、気が付いたか。阿良々木先輩」
「んー……?」
 目が覚めると、僕は神原の背中に乗っていた。
 高校時代の後輩女子におんぶされている成人男性(職業:おまわりさん)の姿がそこにあった。ていうか、僕だった。
 安定した乗り心地は、流石元アスリートの貫禄とでも言ったところか。心地良いリズムで上下する背中は中々どうして僕を安心させたけれど、はて。一体全体、僕は何をどうしてこんなシチュエーションを招いてしまったのだろう。
「おや、忘れてしまったのか? 久しぶりに会ったから食事にでも行こう、と私を誘った阿良々木先輩は、酒が入って早々、私を人気の無い裏路地に連れ込んで――」
「いないことは分かった。お前の発言で」
「連れ込んではいないが、潰れてはいたな。飲み過ぎは体に毒だぞ」
「……面目ない」
 お酒は弱い方ではない。普通だと思う。
 しかし、久々に帰った地元で、旧知の顔を見ながら飲む酒は予想以上に美味しくて、どこかテンション上がっちゃっていたことは否定出来ない。
 先んじて社会人になったというのに、後輩に見せなくても良い筈の失態を見せてしまい、どうしても頬が熱くなる。
 それとは対照的に、爪先がすーすーするなと思ったら、どうしてか僕は裸足だった。
 ……僕の靴は?
「そうだ、阿良々木先輩。言い忘れていたが、ちょっと靴を借りたぞ。私の靴だと歩き辛かったから」
 僕の尻を支える掌。その指先でくぐもった音がした。どうやらヒールの踵同士がぶつかる音だったようだ。
 先程一緒に入った居酒屋の座敷席で、神原が黒地のパンプスを脱いでいたことを思い出す。いつの間に大人になってしまったんだ……なんて、僕が密かにショックを受けていたことは秘密だ。かと言って、彼女はまだ学生だから、相応にカジュアルな生地のそれだったけれど。それでも四年前、神原の部屋を掃除していた時代には目にしなかったタイプの履物だった。
 勝手に僕の靴を拝借するのは、行儀が良いとは決して言えないが、介抱して貰っておいて文句を並べるのも野暮だろう。それに――飲み過ぎてしまった理由をもう一つ挙げるとするならば、それは寂しさを紛らわす為だったのかもしれないし。
 僕の靴を穿き、僕を背中におぶって、夜道を歩く神原。
 なんだか前にもこんなことがあったような、なかったような。しかし、あの時背中に乗っていたのは、僕の方じゃなくて――
「懐かしいなあ……覚えているか? お前のことをおんぶして一晩中歩いた時とか、あったよな」
「勿論覚えているぞ。夏休み明けのことだろう? 確か、阿良々木先輩は一晩掛けて、私の肉体を堪能したんだったな」
「どうやら神原くんは覚えていないようで阿良々木先輩は残念だよ。思い出を都合良く改ざんするな」
「おや? 阿良々木先輩は、あの日の私がノーブラだったことを忘れてしまったのか?」
「それは積極的に忘れてしまいたいな」
 堪能するのは記憶の中だけで十分だ。流石に、二十二歳の神原駿河はちゃんと下着を着けているだろうし。きっと。恐らくは。僕が掌を置かせて貰っているそのYシャツ(襟元にキラキラしたものが付いているけれど、こういうの、ビジューって言うんだっけ?)越しの事情は、ここでは敢えて探ろうとしないけれど……僕はお前のこと、信じてるからな?
 僕の靴が合わないのか、彼女が歩く度にぺたぺたと地面を擦る音がする。おろして間もない革靴の底が減ってしまわないか心配になったが、口には出さなかった。
「しかし、まさか神原がヒールを穿くようになるとはなあ……」
「ん? 何をセンチメンタルな声を出しているのだ。昔を思い出して元鞘にでも戻りたくなったのか?」
「そういう付き合ってた奴っぽいこと言うの止めて。お前と元から収まる鞘なんてなかったから」
「私の背中でため息を吐かないでくれないか? ほら、幸せが逃げてしまうだろう」
「今僕が付き合ってる奴っぽいことを言うのも止めて」
「具体的に言うと、呼気がちょっと酒臭いから、ちょっと息を止めていてくれる気はないか?」
「今やひたぎさんだってそんな辛辣なこと言わねーぞ!」

 

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