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「うっかりすっかり忘れていらっしゃるようなので、僕から言わせて頂きます。駿河先輩、僕にチョコ渡すの忘れてますよ?」
「いいや、予定にないものは忘れたりしないよ」
 五日前につつがなく終了したバレンタインデーにおいて、私は専らチョコレートを貰う側である。自分で言うのもなんだが、結構な数を貰う方かもしれない。普段使いしている登校用のメインバッグだけでは収まりきらない為、この日に限りサブバッグを用意することは忘れなかった。かように、例年通り貰う予定はあったのだけれど、渡す予定などついぞ立てたことがない。
「ええー? うっかり屋さんな駿河先輩の為にと思って、恥を忍んでわざわざ教えてさしあげたのに」
「じゃあずっと忍んでろ。催促なんかせずに」
 さも残念そうに眉尻を下げて見せる扇くんだったが、如何せんパフォーマンスだということを経験上知ってしまっているので、あまり罪悪感は湧いて来ない。
「それに、仮に私がチョコを渡す側に回ることがあったとしても、それはただ一人にだけだ」
「えー。こんなにも懐いている僕を差し置いて、それはあんまりじゃないですか?」
「今のところ、戦場ヶ原先輩以外に予定はないな」
「あ。そっちなんだ」
「そっちってなんだよ」
「いやまあ。てっきり阿良々木先輩に渡すのかと」
「? どうして私が阿良々木先輩にチョコを渡さなくてはならないんだ?」
「……それを聞かせたら流石の阿良々木先輩でも傷付くんじゃないでしょうか」

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「食欲旺盛な駿河先輩を見込んでのお願いなのですが……これ、僕の分まで食べてくれる気はありません?」
 と、真っ青なかき氷を前にしながら、扇くんが甘えてきた。彼が食している氷の山は三分の一が削られているけれど、残りを全部お腹に収めるには長い道のりになりそうだな、と推察する。
「食欲旺盛って言うけどな、扇くん。私も、これでも日頃から頑張って食べている方だから」
 積極的に食べて行かないと痩せていく体質の私は、今日もせっせとカロリー摂取に勤しむべきである。だけど、私は私で赤いシロップが掛かった山を食べ終えたばかりなので、扇くんの要請は辞退したいというのが正直なところだった。
「きみが一緒に行きたいって言ったんだろう。責任を持って最後まで食べるべきだ」
「こんなに大きいとは思わなかったんですよ。女子の如く胃が小さいもので」
「その言い訳は私の立場がないぞ」
「残しちゃっても良いですかね? 別に、命を頂いている訳でもないですし」
「それは――」
 と、反射的に何かを反論しかけたけれど、特に浮かばなかった。
 そりゃあそうだ――否、一緒に添えられた白玉やら練乳やら、ひいてはシロップに使われている着色料。その全てに人の手が加わっていないなんてことはないし、厳密には違うのかもしれないけれど――しかし感覚的に、扇くんがそう主張したがるのは、私にも分からない気持ちではなかったからだ。氷自体は溶けてしまえばただの水だし……。
 ただの水、か。
「はい、駿河先輩。あーん」
 記憶のフックに何かが引っ掛かりそうになった刹那。ふと前を見れば、扇くんがうんざりした様子で、氷が乗ったスプーンを私に差し出していた。
「あーん……じゃないよ。食べさせられ方が不服だった訳ではない」
「はっはー。着色料で舌が赤くなってましたよ」
「他人の口腔内に興味を示すな」
 舌に乗せられた青い味は冷たく、おかげで何を考えかけたのか忘れてしまったが、まあ良い。

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「人気の公演のチケットが手に入ったので、駿河先輩、一緒に行きません?」
「公演? なんのだ?」
「おや、らしくなく察しが悪いですねえ。公演と言ったらひとつしかないじゃないですか」
「ひとつしかない訳ないし、その説明だけで全てを察せられる程、私ときみは仲良くないからな」
「またまた、そんなつれないことを言わずに。ほら、初期の駿河先輩って、阿良々木先輩相手にテレパシーとか普通に使っていたじゃないですか。あんな感じでひとつ」
「初期の駿河先輩って」
「えー。僕とは出来ないって言うんですか?」
「出来るかどうかはともかくとしてだな……きみとテレパスするくらいならディスコミュニケーションのままで良いとすら思うよ。で、なんだ? 私はどんなデートに誘われてるんだ? 分からないから口で言ってくれ」
「脱出ゲームです」

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夏休み木乃伊収集編

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 委細は省くが、旅先である。
「きみ、なんで私の部屋にいる?」
「いやあー、駿河先輩のお隣で見る夜景は違うなあー」
「はぐらかすな。なんの為にちゃんと二部屋取ったと思ってるんだ」
「ホテルの予約をしたのは僕ですけどねー。夜景が見えるホテルの予約を」

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