夏休み木乃伊収集編

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 委細は省くが、旅先である。
「きみ、なんで私の部屋にいる?」
「いやあー、駿河先輩のお隣で見る夜景は違うなあー」
「はぐらかすな。なんの為にちゃんと二部屋取ったと思ってるんだ」
「ホテルの予約をしたのは僕ですけどねー。夜景が見えるホテルの予約を」
「夜景は条件に入れてなかったし、見たければ自分の部屋で見ていろ」
「良いじゃないですか。修学旅行みたいで。僕、転校してきた時期が時期だから、行ったことないんですよ」
 そういう理由を出されると、懐いてくる後輩に、自分の部屋に帰れと言い続けるのも気が引けるが……。
「適当な時間になったら消えるので安心してください」
 心中の動揺を読んだかのような言葉が飛んできた。扇くんは、備え付けの椅子に腰掛けて、輪っか状のスナック菓子(さっきコンビニで買ってきてたやつで、別にご当地系のお菓子って訳じゃない)をぽりぽりやっている。なので、私の心配は杞憂のようだ。
「今日の件、どうします?」
 ぽりぽりしながら、扇くんが話を振った。
「まさかあんなことになっているとは、流石の僕でも想定外でしたが」
 今日の件、というのは、私達がこの夏休みで骨を折っている木乃伊集めの件であり、想定外というのは、相応に困窮している状態である、という意味だ。
「そうだなあ……」
 BGMがぽりぽりしているから緊迫感に欠けるけれど、正直、あれは、如何ともし難い――というのが私と扇くんの共通認識だった。
 蒐集の先人である悪魔様は、毎度こんな難問に取り組んでいたのか、と思うと、今更ながら頭が下がる。あいつの場合は、個人的に不幸を愉しむというオプションが付いていたから、完全に私のようにハイリスクノーリターンという訳でもなさそうだが。
 私は頭を掻く。
 ぽりぽり。
 これは扇くんがスナック菓子を食べる音である。
「まあ、明日になってみればなんとかなる――とはいかないだろうが、何か状況は変わるかもしれない。だから、今日の夜は素直に休もう」
 とりあえず、解決策も先人に倣うことにした。私のような馬鹿にはあまり思い付けない方法だが、一旦問題から目を逸らすというのも、また新しい着眼点をもたらしてくれるかもしれない。希望的観測に縋ることにしよう。
「そうですね」
 と、扇くん。彼はなんだかんだで相変わらずのイエスマンなので、相談甲斐はあまりない。
「駿河先輩も、少しは賢い考え方が出来るようになってきたじゃないですか。不肖な後輩として、僕も嬉しい限りです」
「その言い方だと、きみが不肖なのは私の所為だとでも言いたげだな?」
 ぽりぽり。
 扇くんは無言で返事をした。それはつまり是ということだな?
 全く食えない後輩に対し、私が睨みを利かせていると。
「あ。そうだ」
「ん?」
 不意に、何かを思い付いたような顔をする扇くん。なんだろう? 少し遅れて、件の問題に光明でも見えたのかな? ――なんて期待をしてしまう辺り、一度目を逸らそうと言っておきながら、やっぱり心のどこかでひっかかったままであることに気付く私ではあったが……こういうところが沼地が言うような私の真面目さで、扇くんが言うような愚かさなんだろうなあ。
「駿河先輩、ちょっと左手を出して貰って良いですか?」
「左手? ああ、うん。良いけど」
 そのくらいでこの懸念が払拭されるなら安いものだ。言われるがまま、私は扇くんに自分の左手を差し出す。掌を向ける形で。
 私の左手は人の形に戻って久しいそれなので、もう道理に外れるような力は有していない筈なのだけど――それを扇くんは恭しく握って、手の甲を上にするようにひっくり返した。そして、私の足下に跪く。
 ……よく分からないが、この遣り取りには何か意味があるのだろうか? だけど、黒い髪が夜の夜景に照らされて、この子の立ち姿は(大変癪だが)絵になるよなあ。なんて、ぼんやり思っていたら。
「――駿河先輩、僕の家族になってください。結婚しましょう」
 扇くんは、スナック菓子で出来た輪っかを、私の薬指にはめた。
「今日一番の真剣な顔で言うことがそれか!?」
「はっはー。だって思い付いちゃったんですもん。これはやっておかないとなーって」
 私は自分の薬指ごと、はめられた輪っかを食べる。
 ぽりぽり。
 まったく、二重の意味ではめられた気分だよ。

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