至情には未だ遠い #2

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 この人の冴えた瞳がどうにも苦手だった。
 戻らなくて良いのか、とでも言いたげな非難の視線を向けられる。それこそ出会ったばかりの頃なんて、まるで人形か何かのように表情に乏しかった筈なのに、近頃の先生は教え子に対して随分と目でものを語るようになってきた。しかし、その意をいつでも好意的に汲んであげられるような人間じゃあないのが俺って奴だったので、こうして他人のベッドの上で胡坐を掻いたまま動かないでいる。ここに至るまでそれなりのことをしてきたので、それなりに倦怠感はあった。しかし、誤解を恐れず、そして不純ではしたない動機を探すとしたら、俺が経験してきた女の子達のそれとは違って、この部屋のシーツにはまだ清潔感が残っているような気がして、なんとなく身を起こすのが億劫になってしまっていた。

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至情には未だ遠い #1

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 愛とはなんだろうか。
 辞書の中で説明されているそれは慈しみの心だったりするし、俺にとってのそれは遊び相手に囁くものだったりする。そして、この世界で愛と呼ばれるそれは、下心なく無償で与えるものが一番美しいとされているらしい。

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 阿良々木先輩が今から家に来るというので、これは今日こそ抱いて貰えるのでは、という期待を込めながら通話終了ボタンを押した。場を盛り上げる為の手数を惜しむような私ではないので、得意ではない下着と服をしっかりと着用して彼を出迎えたのは、うららかな春の日差しが快い五月の第二日曜日のことだったのだが、神原家の玄関をくぐった彼の表情はどうしてか冴えない。後輩を抱くのにそんな心持ちではいけない。一体何があったのかと訊けば、
「妹と喧嘩をして家を追い出された」
 のだと言う。はて、どこかで聞いたような話だ。

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「そこは戦場ヶ原さんの敏腕の振るい所というやつよ」
 と、ココア色の生地を詰めた型をオーブンに運んだ戦場ヶ原先輩はお得意の支配者のポーズでのたまったので、あとはもう、焼き上がるのを待つだけのフェーズに入っているらしかった。
 まもなくチョコレートが焼かれた時の、甘くむせ返るような香りが部屋に充満してくる。戦場ヶ原先輩は満足そうな面持ちでお湯を沸かし、休憩中に飲む為のお茶を淹れていた。
 調理作業中、私は全くといって良い程役に立たなかったので(謙遜じゃない)、せめて洗い物くらいはさせて頂こうかと一人シンクに立った。
「紅茶が冷めるわよ、神原」
「うむ。すぐに終わらせる」
 流しの中のボウルはチョコレートとバターが混ざり合った跡がある。不意に、その全てをぐちゃぐちゃにしてやりたい衝動に駆られたが、気付かなかったことにして、スポンジの上に台所用洗剤を絞った。

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