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「扇ちゃん……」
 待ったが掛かったのは、相手の制服のボタンに手を掛けたタイミングだった。
「あー……すみません。ちょっと身体を作るので待ってください」
「身体を作る?」
「なんでもありません。目を閉じて三秒待ってください。きっと良いことがありますから」
 良いことか。扇ちゃんがそう言うなら良いことなのだろう。ならば素直に目を瞑る阿良々木先輩だぜ。
 もしかするとこれは体の良い言い訳で、目を瞑っているうちに扇ちゃんが逃げてしまうんじゃないかという予感はないでもなかったが、ここは相手を信じるしかない。これは特別に意識しないと分からないことだが、視界を瞼で塞ぐと、閉塞感と孤独感がぐっと強くなった。
「いーち。にー。さん」
 扇ちゃんの声が平坦に数を数えた。合わせて小さく衣擦れの音がしたから、なんとなしに期待が高まってしまう。
「はい、もう良いですよ」
 と、相手からの許しを待って、ゆっくりと瞼を持ち上げると、先と同じ姿勢で、制服の胸元を突き出すように立つ扇ちゃんが視界の中央に映った。……三秒前と特に変わった様子は見られないのだけれど。
「……何をしたの?」
「知らなくて良いことです。阿良々木先輩に幻滅されないよう、私はこれでも努力しているのですよ」

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