最終選別で七日ぶりに目を開けた善逸の話

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 藤襲山に足を踏み入れてすぐ、七日どころか半刻も経たないうちに死んでしまうだろう、なんて絶望と一緒に膝を抱えた俺の頭上を、鬼の爪が横切った。そこまでは覚えている。そこからを覚えていない。生まれて初めて見た鬼が恐ろし過ぎて、俺はあっけなく失神した。ああこれはもう死んだな、と確信する。

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ピロートーク

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 家の匂いというものを知らない。
 人にはそれぞれ匂いがある、と炭治郎は言った。同じ匂いの人は世に一人としていない。だけど、人の放つ感情の匂いというのは不思議と似通っているものだから、丁寧に辿るとその人が何を考えているかは分かる。そうして少し似ていて、だけどちょっとずつ違った人の匂いが集まると、それらは生活の匂いとなり、それらの差異を確認しあうことを、世間では人の営みと呼んでるのだと、炭治郎は幼い頃に理解したのだという。

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(善逸が生まれる前から棲んでる鬼が弱い訳がないんだよな……)

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 廃寺で時間を潰していた。そこは山の中に建てられた寺で、おそらくは俺が生まれるよりもずっと前には人が足繁く通っていたらしいのだけど、その山一帯が鬼の縄張りになって以来、境内へと続く道は獣道に成り果てた。ふもとの村で耳に入ってきた話をまとめるとそんな感じで、おかげでここまで登ってくるのに苦労した。

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振られた話

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 急に思い出したんだけどさあ、と善逸が切り出したのは、鬼狩りからの帰り道でのことだった。そこは藤の家に向かう途中で初めて立ち寄った街だったのだが、甘味処から漂う饅頭をふかす匂いや煎餅を焼く音に釣られ、二人で団子を買って店先で頬張っていた。

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