急に思い出したんだけどさあ、と善逸が切り出したのは、鬼狩りからの帰り道でのことだった。そこは藤の家に向かう途中で初めて立ち寄った街だったのだが、甘味処から漂う饅頭をふかす匂いや煎餅を焼く音に釣られ、二人で団子を買って店先で頬張っていた。
「昔、女の子に『ちょっと目を瞑ってて』って言われたことがあって。俺はその子のことが好きだったから、まあ期待しながら目を閉じてた訳よ。それで次に目を開けた時にはその子、もう居ないのね」
「それは少し寂しい話だが……でも、善逸は一体何を期待していたんだ?」
「そこ突っ込むところ?」
男だったら分かるでしょうよ、とじとりと睨まれてしまったが、分からないものは分からない。俺はあまり察しが良い方ではないので、ぼやかすくらいならはっきりと教えて欲しい。しかし、結局教えては貰えず、
「でも俺、耳が良いから分かっちゃうだよな。あー……俺の前から消えるな、この子って。一応、相手の女の子も相手なりにすげえ気を遣って足音立てないようにしながら遠ざかっていくんだけど、それも気付いちゃう訳。泣いて縋って待ってとか、言ってたらまた違ったのかなとか思うんだけどさあ」
と、どこか投げやりな態度でぼやいて、善逸は串の真ん中から団子を頬張った。
泣いて縋って待ってと言う。それは実際にやってたことじゃないのか? と、かつて通り掛かりの女性に求婚していた姿を思い出し、そして先刻は鬼を前にして全く同じことを言っていた姿を思い出し、疑問を感じなくもなかったが、嘘を吐いている素振りもなかったので訊くのはやめた。
俺に分かるのは話の真偽だけだ。推し量るのが難しい感情の機微も、匂いが教えてくれる。そして、俺の知る限りこの友人は一度も嘘を吐いたことがない。
善逸はいつだって本気だった。本気で女の子に求婚しているし、本気で鬼を怖がっている。甘味を食べている時は心の底から嬉しそうな顔をする。好物である筈のみたらし団子を手にしながら今みたいな顔をしているのは、とても珍しいことだ。なので、どうしてそんな寂しい話を俺に打ち明けたのかは、やはり察することは出来なかったのだけど、なにかしら善逸の中で正直な気持ちが膨れた結果なのだと思うことにした。
だから、深々とため息を吐いてる友人は、本気で落ち込んでいるのだろう。そんな結論に辿り着くと、いきなり胸がきりきりと痛くなってきた。
「ハア……どこかに俺のこと好いてくれる人、居ないかなあ」
「善逸」
「ん? なに?」
「俺は善逸のことが好きだからな」
「? よく分からんけど、そりゃどうも」
俺の言葉を受けてしばらくは不思議そうな顔をしていたが、「……あ。もしかして慰めのつもり?」と、やじりながら、善逸は最後まで残していた団子を口に入れた。
振られた話
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