廃寺で時間を潰していた。そこは山の中に建てられた寺で、おそらくは俺が生まれるよりもずっと前には人が足繁く通っていたらしいのだけど、その山一帯が鬼の縄張りになって以来、境内へと続く道は獣道に成り果てた。ふもとの村で耳に入ってきた話をまとめるとそんな感じで、おかげでここまで登ってくるのに苦労した。
しかもたった一人での山登りだったから、心細いことこの上なかった。目的地に着けば、現地で先輩隊士と合流出来るのではと期待したのだが、その期待は見事に裏切られた。なんでよ。また俺一人で任務なの? 上限の鬼の頚を、同期と一緒に切って以来、そういう機会は見事に増えた。いや待て待て。あれが出来たのは炭治郎と伊之助、あとは柱が強かったからであって、俺一人じゃなんにも出来ない訳よ。行きたくない行きたくない、と駄々をこねたが勿論聞き入れて貰えず、今日も伊之助に「うるせえぞ!」と一発ひっぱたかれて蝶屋敷を後にしてきた。上の人の采配を恨みたくもなったが、裏を返せば、俺みたいな下っ端剣士が一人でなんとか出来る程度の鬼だということなのかもしれない。そうだと思いたい。まさか一人で死んでくることが仕事ではあるまい。寺の廃墟っぷりがおどろおどろしくて、正直もう嫌になってますけどね。早く帰りたい。
本堂の軒下をお借りして、日が沈むのを待つ。本当は鬼になんて会いたくない。なのでずっと夜が来なければ良いのにと祈っていたのだけれど、無情にも時間は過ぎていく。神も仏もないものか。廃寺だからいなくても仕方がないのかもしれない。でも俺はまだ死にたくないのに。
まだ見ぬ鬼と対峙してしまった時の自分を想像してしまい、じわりと涙が込み上げてきた折に、頭の上でチュン、と雀が泣いた。一瞬、相棒が慰めてくれたのかと思って愛おしさが込み上げてきたのだが、どうやらそういうことではなかったらしく、俺の手の甲に優雅に舞い降りたチュン太郎はその小さな脚に手紙を括り付けていた。「お前、ちょっと薄情なところあるよな」と、こぼしながら手紙を受け取ると、手首をくちばしで突かれた。痛い。俺はこれから怖い鬼を退治しにいかなきゃなんないのに、酷い。少しは優しくして欲しい。
手紙は蝶屋敷の女の子達からで、手紙が来たこと自体は嬉しかったのだけれど、残念ながら吉報にはならなかった。
件の上限の鬼の頚を切って、四人で生きてる喜びを噛み締めた後、一度眠った炭治郎がそれから目を覚まさなくなった。一応同期なので、意識が戻ったら連絡して欲しいと伝えてあるのだが、良い知らせはまだ届いていない。
このまま起きなかったらどうするんだよ。もしもそんなことになったら、生きていることを四人で喜びあったあれはなんだったんだよ。なんて、怪我人を詰れる程、俺は鬼ではないつもりだが、本人の居ないところで泣き言くらいは言いたくなる。俺は弱いし、強くない。一人で任務なんて絶対に無理。前回はたまたま上手くいっただけで、今回こそは死ぬかもしれない。でも死にたくないので、出来れば炭治郎についてきて欲しかった。最悪ついてきて貰えなくても良くって、伊之助同様「仕方がないな」と背を叩いて貰えれば、それで。たとえその場に居なくとも、明るく照らしてくれる奴が欲しいんだよ。
だけど世の理ってやつは冷たくて、神様も仏様もいなくって、見上げた空は曇天だ。今にも雨が降り出しそう。これは鬼を探すのに苦労することになるぞ、と俺は重くため息を吐く。
(善逸が生まれる前から棲んでる鬼が弱い訳がないんだよな……)
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