Vampirism

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04

「先輩は私の首に欲情はしないのか?」
 と、神原が尋ねてきたのは非常にタイミングが良く、満月の日の夜のことだった。否、敢えてその日に合わせて訊いてきたのかもしれない。僕の吸血鬼性、並びに吸血衝動が強くなる日を狙って。
 真相は定かではないが。とにかく。神原は自身のローツインの房を肩から払いのけながら訊いた。それは図らずも彼女の美しい首筋のラインを見せつけるような仕草だった。
「ほら。吸血鬼って首筋から血を吸うものではないか」
 先輩の吸血痕も首にあるだろう、と彼女の視線も、僕の首筋に向かってちくりと注がれる。視線が交差した先、僕のうなじの左側では、女吸血鬼に刻まれた小さな穴が二つ、牙の形を残している筈だ。
 相手の疑問と意図は分かったが、僕としてはそれよりも、思いがけず簡単に露出された彼女の鎖骨の白さの方に興味を惹かれているのだが、質問に答えない訳にもいかない。
 しかし、実は簡単に語れない話でもあるのだ。
「いや、なんていうか……だからこそなんだよな」
 阿良々木暦は吸血鬼もどきである。
 ただし、これは今現在の話であり、春休みにおいての僕は、本当に吸血鬼だった。
 太陽に怯え十字架を嫌い大蒜を忌避し聖水を煙たがる、正真正銘の吸血鬼だった。人外の業を背負いながらの地獄のような二週間を経て、紆余曲折あったものの、結果的に僕は吸血鬼もどきという立場に甘んじることとなっている。
 吸血鬼もどき。
 つまり、人間として語るには、後遺症が多過ぎるのだ。
 僕の身体に残った伝説の吸血鬼の残滓が引き起こす後遺症は、人並みよりやや高い身体能力と、回復力と、もうひとつ。
 今も、僕は。
 人間の血に対して絶対的な飢えを感じる。
 そして、怪異というのは街談巷説である。道徳塗説であり、都市伝説である。
 噂され、存在を囁かれることで形になる。朱に交われば赤くなる、ではないけれど。
 つまり、人々のイメージする吸血鬼に沿った行動をすれば、他人から吸血鬼のようだと認識されてしまえば――僕が再び本物の吸血鬼に逆戻りしてしまう可能性も、なくはないのだ。
 なにより神原自身が抱くイメージも物語っているじゃないか。首筋から血を吸うのが由緒正しき吸血鬼の姿だと。
 だからこそ、僕は。
 形だけでも吸血鬼まがいな行為はなるべく避けるべきなのだ。
「なるほど。では文字通り、毎日首を洗って待っていた私の努力は徒労だった訳だな」
「…………」
 あまり上手くない。
「ならば、私に付ける吸血痕を毎回残さず消しているのもそれが理由か? 残せば、その、イメージが定着するから」
「ああ、まあな。今の僕には眷属を作れる程の能力は有していないから、血を吸われたお前が吸血鬼になることはありえないけれど、なんというか……気持ち的にな」
 単純に、彼女に傷を残したくない、という何か自分のプライドめいた理由もあるっちゃあるのだけれど。
「ふむ」
 と、僕の話を聞き終えて頷いた神原は、一先ず得心いった様だった。
「まあ、阿良々木暦個人としての意見はまた別の話なんだけどな……」
 また相手にちらりと目線をやると、既に神原の白い首筋は髪の下に隠された後だった。どこか名残惜しい気持ちを抱きながら、しかし、その劣情こそ吸血鬼もどきが血液ドナーである彼女に対して抱いてはいけないものだろうと、自分を律することに努める。
「あの、さ。……僕もお前に訊いて良いか?」
「ん?」
 僕の邪な視線は気に留めていなかったようで、きょとんと首を傾げる神原。あまり素直な反応をされると訊きづらかったことが更に訊きづらくなるのだが。
 それでも僕は彼女の先輩として、そして彼女を食糧として頂く側として、自分から訊いておかねばなるまい。
 気付かない振りなど出来ない。
「吸われる時って、やっぱり痛いか?」
「痛いな」
 即答だった。
 真っ直ぐ過ぎる言葉は僕のハートにずぶりと傷をつけた一方、あまりの潔さに惚れてしまいそうになる。
 いやいや、気を遣わずにはっきりものを言ってくれることはありがたいことだ、と思い直そうとして。しかし、情けないことに(自分から訊いておいて本当に情けないことに)肯定の意を示した彼女に対し、加害者側の僕はなんと声をかければ良いかわからなくなってしまい、なんとか押し出せたのは、
「そ、そうか。そうだよな……」
 と、なんとも頼りない相槌なのだった。
 まあ、毎回明らかに痛そうにしてるもんな……。
 苦痛に顔を歪める神原駿河の姿を回想する。
 日頃僕を支えてくれている彼女の意志の強そうな瞳は、痛みに堪えるようにぎゅっと瞑った瞼によって隠されてしまう。
 ……うう。
 返ってきた答えは予想通りではあったのだが、それに対して僕はかける言葉を、フォローを用意していなかったのだ。
 なんと不甲斐ない。
 頭を垂れたつもりはなかったのだが、こちらの内情を見透かしたように神原が。
「そう不安そうな顔をするな先輩。大丈夫。私は痛くされるのも嫌いじゃない」
「お前のMっぷりは極力僕の手では育てたくないんだよ……」
「そうだな。私も阿良々木先輩に育てて貰うなら別のものが良い」
「……へえ? 例えば?」
「胸囲とか」
「今の僕には荷が重いけど、前向きに検討したいところだな」
「あと子供とか」
「さらに重くなったぞ!?」
 それもいずれは前向きに検討していきたいが。重くなるのはお前のおっぱいだけで十分だ。今は。
 というツッコミはさておいて。
「僕としてはやはり、なるべく彼女に負担をかけないように――辛くないようにしたいものなのだが」
「では、ちょっと試してみるか?」
「何をだ?」
 当の神原はけろっとした顔で言ってのけた。いつもの微笑みを絶やさずに。まるでそれがなんでもないことであるかのように。
「痛くない吸い方を、二人で考案してみようではないか」

 ……何かがおかしい。
 どうして僕は神原の胸を揉んでいる?
 どうして神原の内腿に手を這わせている?
 さっき言っていたおっぱいを育てたいという話は伏線だったのか?
「ん、うっ……」
 そんな疑問も、相手の口から漏れる声を聞けばどうでもよくなってしまいそうなのだが、ここで理性を手放してはいけない。
 これはあくまで実験なのだ。
 要は、「気持ち良いことをしながらであれば、痛みも忘れられるのでは?」という神原の発言を汲んだ結果である。
 正直この短絡的な提案については先輩として一言叱っておいた方が良かったのではないかとも思うのだが、そんな反省の気持ちは彼女がフロントホックのブラを外した際の興奮によって押し流されていったのだった。実に無念である。
「自分勝手を承知でお願いしてしまうのだが、私も初めてだから、やはり優しくして欲しいな」
「そういうマジなこと言うの止めて……」
 というか、えっ?
 しちゃってもいいの?
 この流れで?
 本当に!?
 暗い部屋の中、月明かりだけに照らされる神原の肢体、というおあつらえ向きのシチュエーション。
 実を言えば神原の裸を見るのは初めてではないのだが、それはあくまで吸血行為の一環として見たことがあったというだけであり、さも意味深な布団の上という場所で着衣を乱している姿は、今までのそれとは桁違いに僕の劣情を刺激していて。
 自分の童貞の卒業の近さを感じさせるに十分だった。
「あのさ、神原。……これ、挿れても良いのか?」
「何を甘えたことを言っているのだ。まずは吸血行為が終わってからだろう? 目的を履き違えるとは聡明な阿良々木先輩らしくないな」
「…………」
 どう見ても据え膳にしか思えないのに、かなり辛辣な言葉で制されてしまって大いに凹んだ。
 ……まあ、良いさ。
 僕だって、偶にはお前を気持ち良くしてやりたいもん。
 それに、満月が登りきった今、自分の吸血衝動が強くなっていることも、その欲に呼応するように身体が変化していることも、八重歯が鋭く尖り始めていることも、誤魔化しきれない事実なのだから。
 目的が吸血行為だろうが、実験だろうが、事実上、これは彼女との初めての性行為になるのだろう。そのきっかけが僕がコンプレックスにしている吸血衝動であるというのは、皮肉さを感じずにはいられないけれど。
 そんな流れを経て、僕は『神原を気持ち良くすること』に徹していたのだった。
「う、くぅ……」
 抑制され慎ましやかになった喘ぎ声がかえって僕を刺激する。しかし、彼女の反応を見るに頃合いか?
 対象を見定めようとする。が、目の前の神原駿河がとてつもなくエロいという事実しか分からない。寧ろその事実だけで十分じゃないかとさえ思う。
 これ以上何が必要だというのだ!
 ……なんてお茶目を言っているわけにもいかない。
 僕には血が必要なのだ。
 生きていく為に。
 心を鬼にしようと試みる。どうせ体は既に吸血鬼もどきだ。
「ん……」
 手首を掴んで上へ持ち上げる。神原は従順で(というか従順過ぎて怖いくらい)大した抵抗も挟むことなく、両手首をシーツの上に大人しく縫い止められた。開いた腋から横腹にかけてが僕の視線に晒されることになるが、何故かこっちが背徳感を覚えてしまって目を逸らす。逸らした先にはこれまた白い二の腕が。
 ……うーむ。
 ……ここはどうだろう。
 思いついたが早く彼女に牙を立てた。女子にしては筋肉質である神原の二の腕は、見た目よりもずっと柔らかな感触を僕の口内に伝えてくる。やはり申し訳なさを感じて、あくまで紳士的に、神原に負担を強いないように、と心掛けようとするが、唇に感じるその最高の感触に早くも夢中になってしまったのが実のところだった。
 だからそのまま歯を沈ませようとしたのだが。
「い……っ」
 悲鳴が上がったので慌てて口を離す。
 痛かったのだろう。
「ご、ごめん……」
「謝らないでくれ。こちらこそ、簡単に声を上げてしまい申し訳ない」
 寛容な心で受け止めてくれる神原。僕の失態なのに、彼女の方が本当にすまなそうな声音でものを言うものだから、なのか。
「でも僕、お前のその反応の良いところも好きなんだけどな……」
「え? ……ひゃっ!」
 一瞬で僕の中の欲は膨らみ、すぐにでも欲しくなった。例え器の大きな彼女に付け入る様な形になっても。どうしても。
 はっきりとした飢えを感じたまま、僕は彼女の太股にキスをする。
 肌の上を舌でなぞると、二の腕よりやや弾性に富んだ肉が押し返してくる。そうなるといよいよ我慢は出来なかった。
 右の内腿をじっくりと舐め上げて、合わせ目に滲むとろりとした神原のそれをすくい上げてから、そのまま左の内腿へと舌先ほどを進める。
「あっ……!」
 初めて聞く神原の嬌声らしい嬌声と、途中で僅かながら口に含んだその味を確かめるに、彼女の言う『気持ち良いことをしながら』という目的は拙いながらも達成出来ているのではなかろうか、と僕は少しだけ誇らしい気持ちになった。
 そしていよいよ、神原の健康美をそのまま描いた様な脚の曲線に、遠慮なく歯を当てて――
「ま、待って、そこは……痛いっ!」
 痛みを訴える彼女の声が耳に届くと、はっと目が覚めた様な感覚を経てからすぐ、弾かれた様に牙を外した。
 僅かにだったが血の味と、足の付け根に掻いた汗と、合わせ目を濡らす分泌液とを味わった後だった故に、正直名残惜しかった。
 しかし、腿の付け根に空いた穴が、ぷつりと小さく裂けた皮膚が、酷く痛々しい。傷を付けた立場で何を言わんやという感じだが。
 それでも中途半端にそそのかされた飢えは満たされないままだ。
 欲を押し殺そうと荒く息を吐く僕を見兼ねてか、神原は。
「……脚より上半身の方が、いくらか良い気がするな」
 ありがたいことに助け舟を出してくれた。
 そして、それに乗ることに躊躇するような理性など、その時の僕には残っていないのだった。
 と、いう訳なのでもう一度。
 今度は彼女をうつ伏せにひっくり返し、その上に覆い被さる。弓なりにしなる背筋をじっくりと見定めて。
 痛くないように、痛くないように、痛くないように。
 そんな気休めの呪文のような文言を自分に向かって言い聞かせながら、僕は神原の背中を慎重に選んで噛み付いた。肩甲骨の境目辺り。牙が深く沈んでから神原の背は一度は震えたものの、今度は悲鳴を上げなかった。
 白い肌の上に赤い色が滲む。彼女のそれを一滴も零さない様に――なんて注力するのは決して行儀の良い気持ちからではなく、僕は衝動のまま、唇を思い切り患部に押し当てた。
 相対的に、僕と神原の身体接触面は増えて――
「あ、阿良々木先輩……その、当たっているのだが……」
「うん?」
「あの、だから、ちょっと腰を引かせて……」
「仕方ないだろ。生理現象なんだから。いつもの、血が飲みたいって欲と一緒だって」
「ひっ」
 ぐ、と腰を沈めて神原の太股に押し付けるようにすると、突然のことに驚いたのか、彼女はらしくなく身じろぎした。その様がかえって加虐心を刺激する。
 そのまま股を割る様にして突き上げると、また良い反応を見せた。立たせた膝に持ち上がった腰を抱え込むようにすると、更に僕達の距離が近くなる。
 反った背が度々震えるから同じ場所に牙を立て続けるのが難しく、その所為であちこちに噛みついてしまったし、ついつい余計に力が入ってしまった。いつもより酷い傷を残してしまいそうで胸が痛む気持ちも、しかしそれ以上を望む欲も、どちらも僕自身のものなのだった。
「……なあ、神原」
「ん……?」
「その、……良いかな?」
「この後に及んで、何を今更……私の口から言わせたいのか?」
「…………」
「うあっ――」
 口腔内で受け取る快感と、下半身を包む熱量。僕は堪えきれなくて、一気に腰を落とし込んでしまった。彼女の内側は痛いくらいに僕を締め付けた。行為を始めてからずっと愚かしく滴っていた自分の先走りと、神原から溢れる愛液とが混じり合う音と、血液を啜る音が重なり合って、すぐ。
「……っ!」
 早かった。しかし、信じられない程気持ち良かった。
 神原の呻きを耳にしながらだというのに、一番に浮かんだ思いはそれで、自分はここまで酷い男だったのか、と自嘲の念が持ち上がる。
 ごめんな。一人で、僕だけで、勝手に良い思いしちゃって。本当に、ごめん。
 そう謝らなければならない筈なのに、それでも僕は口を離せない。
 こっちは、まだ、どうしようもなく、満たされていなくて。
 自分の耐久力の無さを恥じるより前に、身勝手な思いが先行してしまう。
 ぢゅ、ぢゅ、と色気の無い音を響かせながら、僕は神原駿河を貪り続けた。
 様々な体液が混じり合った場所は恐ろしい程に滑りが良く、やっと落ち着いて腰を振れるようになる。
 それでも、自分の唇の隙間から吐いた息は血の匂いがするのだった。
 これは本当に、実のある行為なのだろうか。この名目上の実験で、僕は自分の欲を神原にぶつけているだけなのではないか。否応無しにとは言え、たまたま、偶然、何の必然性もなくドナーに――僕の吸血対象になってしまった神原駿河に対して。
 どう足掻いたとて僕は、彼女に痛い思いをさせるだけなのではないか。
 本来ならば、僕達はきっと――
「……かんばる」
 泣き出しそうな声だと思った。
 それは僕の声だった。
「ふ、う、ぁ……あ、阿良々木、先輩」
 その時、僕の耳に彼女の言葉が、はっきりと届く。
 ――気持ち、いい。
 シーツを握る掌が震えている。堪えているのは本当に快楽なのか、はたまた痛みなのか。どちらであっても、僕は彼女に応えたかった。
 聞こえた言葉が本意でも、例え慰めでも気休めでも。
 僕を最後まで支えてくれたのは、吸血鬼もどきを受け入れてくれた彼女の気持ちなのだから。

 後日談というか――いや、行為直後だから同日談というか、はたまたピロートークというか、とにかく今回のオチ。
 というか、自分がピロートークに臨める日が来るとは思いもしなかったけれど。
「自分から、言い出しておいて、こういうことを言うのは申し訳ないのだが、阿良々木先輩。こういうのはもう、今日だけで……止めにして欲しい」
 行為終了直後、息も整わぬまま訴える神原の言葉を、僕は自分の口の周りを拭いながら聞いたのだった。
「その……吸血行為と性行為は同時にするのは……痛いのか、気持ちいいのか……分からなくなるから」
「ごめん……」
「いや、謝って欲しい訳ではないのだ。阿良々木先輩がどうしてもと言うなら続けるが……」
 ぼんやりと宙を見つめる瞳はとろんと蕩けてしまいそうで、いつもの凛々しい表情は見えない。恐らくは貧血を起こしかけているのだろう。
 しかし、発する言葉の芯にある意志の強さは、普段と違わぬ神原駿河だった。
 僕は唇から離したティッシュペーパーが赤く滲んだことを確認してから――否、そうでなくとも、きっと、彼女と同じ気持ちになった筈だ。
「……ううん。僕も、こういうことはちゃんと線引きしようって思ったぜ」
「ひうっ」
 しかし、それでも後始末はしっかりとしておきたい。最後の仕上げとばかりに、彼女の身体中に残る傷を癒す為に吸い付きにかかる。
「やっ、先輩ちょっと待って、まだ感覚が残っ……て、ひゃうんっ!」
 神原はすぐに悲鳴を上げたが、こればっかりは食事を終えた最低限のマナーであるが為、我慢して頂きたい。再度彼女の両手首をシーツに縫い止める。今度は抵抗されたが、お構いなし。お前の身体の方が大事だ。
「阿良々木先輩っ、く、くすぐったっ……あっ!」
 舌でなぞると僕が歯を入れた痕跡は瞬く間に消えていくが、今日は何分数が多かった。全部治すのに、殆ど全身を舐めあげなければならなかった。
「うう……」
 ひとしきり身体を痙攣させた神原も、そろそろ限界のようだった。隣に座る僕の背に縋り付くような形でもたれ掛かってくる。うなじを撫でて良いかと聞けば、黙って頷かれた。
「……この時期――吸血鬼性が強くなってる時の阿良々木先輩は、ちょっとあれだな……。それこそ、私にMっぽいところがあるから良かったものの……」
「え? 僕、なんかいつもと違ったか?」
「自覚が無いのがまた鬼畜だなあ……」
 鬼のような先輩だ、とぼやいた神原の言葉は果たして冗談だったのかどうか。
「なあ、痛いのは分かったけど……本当に気持ち良かったのか?」
「見ていて分からなかったのか? 今までの人生で経験したことないくらい興奮していたのに」
「…………」
 痛みというのは重要なファクターである。とは言うものの、それは応えるべき期待ではない筈だ。
 実は僕が育てたのはこいつの変態性だった。なんてオチは願い下げである。
 罪滅ぼしにはならないけれど、唯一傷を付けなかった場所――彼女の首筋を柔らかく撫でてやると、神原は少し満足気に目を細めて。
「痛い思いをした後だ。こういう時くらい甘えさせてくれ」
 そう言われてしまっては、積極的に絡ませてくる腕を振り払える訳もない。
「……なあ、阿良々木先輩。ひとつ思いついたのだが」
 神原は言う。
 僕の首筋に開いた二つの穴を確認するかのように指で触れながら。
「吸血鬼らしい行動を重ねることで吸血鬼に近づいてしまうというのなら、恋人らしい行動を重ねていけば、私達はもっといやらしい関係になれるのではないか?」
「お前は僕とどうなりたいんだよ。そこは『もっと恋人らしい関係』とかじゃないのかよ」
「しかし、私達は所謂体から入った関係だろう?」
「間違っちゃあいないけれど……その表現の仕方は嫌だ」
「冗談はともかくだな。無理矢理に欲望のたけをぶつけられた後でも、私は阿良々木先輩を尊敬しているし、信頼しているし、それに、」
 行為中は判別付かなかったが、その言葉は紛う方なき彼女の本音のようだと思ったし、さっき泣きそうになっていた僕を嗜めるような口調だとも思った。
「刹那的に人間らしくない瞬間があったとて、それは自分ではどうしようもないことだと理解しているつもりだ」
 そして、彼女は僕の膝に自身の左手を重ねて。
「私がかつてそうだったようにな」

 

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