Vampirism

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02

「正直、恥ずかしい話をするんだけどな」
 さりげなく話を切り出したつもりだった。たださりげなさ過ぎたのか、神原駿河から返ってきた返事の勢いは強過ぎた。
「ん? なんだ? 今度は何をしでかしたのだ? 恥ずかしいことか? 阿良々木先輩以上に恥ずかしい存在がこの世にあるのか?」
「僕は恥ずかしいことは何もしてないし、好きな人の影響受け過ぎで毒舌になってるよ。神原くん」
 自分のキャラである甘言褒舌を諦めないで欲しい。あと僕、お前に非難されるとすげえショックだから。
「では訂正する。えっと、私のような卑しい輩が高貴なる阿良々木先輩とお言葉を交わそうだなんて、なんと自分は愚かしく恥ずかしい存在なのだろう」
「それはいきすぎ」
 お願いだから、もう少し自分を大事に生きてくれ。
「注文が多いな」
「まず前提が違う。僕が恥ずかしい話じゃなくて、僕にとって恥ずかしい話をするってことだから」
「それは一緒ではないのか?」
「ちょっとだけ違う。まあ、百聞は一見に如かずだ」
 わかりやすくいこう。
 僕は懇願する。
 あくまで紳士的に振る舞えるよう務めた。
「神原、服を脱いでくれ」
「えっ」
「えって、なんだよ。いつも自分から脱ぎたがってるくせに」
「いや改めて要求されてみると、凄いことを強要する先輩だなあと」
 神原は珍しく(本当に珍しい。最近の彼女ときたら僕の前では学校の制服か、薄着か部屋着かジャージのいずれかしか選ばないのだ。それは常々、僕が神原と会うタイミングが部屋の掃除か怪異絡みの呼び出しかに限られているからであって、であれば責任はこっちにあるのかもしれないけれど、とにかく珍しい)Yシャツにプリーツスカートを合わせて着用していた。サスペンダーで持ち上げられたスカートの下から、スパッツが顔をのぞかせているのは相変わらずだけれど。
 確かに彼女の稀有なファッションをわざわざ脱がせてしまうのは、少々無粋だったかもしれない。
「成程、恥ずかしい話というのは阿良々木先輩が私を辱めたいということだったのだな? 舐められたものだな。残念ながらこの程度で羞恥を覚える私ではない!」
 いや、そういう意味ではなかった。しかし多少は恥じらって欲しい気持ちもある。と、どちらのツッコミも入れる前に。
 いくぞ! と神原が意気込み十分に唱えた時には、もうシャツの前が開いていた気がする。
 ――パチンッ。
 と、小気味良い音を三度鳴らしてサスペンダーが外れたかと思えば、彼女はあっという間に全裸だ。
 華麗な早技。いつもながら見事な脱皮である。
 そして。
「そこだ!」
「ん?」
「その、サスペンダーを外すところ! すげえ興奮する!」
 これだよ、これ!
 脱衣後に晒される彼女の肢体は勿論、その鮮やかな手付きがたまんねえ! 最高!
 オリンピックに脱衣という競技があれば、きっとこいつが金メダル間違いなしだ。
 感動のあまり僕は僕の頭の中の表彰台に登る神原の――もとい目の前の彼女の手を取るが、しかし。
「は、はあ……」
 本人には変な顔をされた。
 自称変態にして、尚且いつ如何なる時でも僕を支持してくれる神原にして、この微妙な反応である。
 あれ? 伝わらなかったのかな? 僕のこの気持ちの高ぶり。
 ここにきて先輩後輩間に温度差があったようでは、悲しみを隠しきれないのだが……。
 まあ、冷静になってみれば。裸の少女の手を一方的に握っているのだから、傍から見れば少々シュールな絵面になっている。ちょっとした事案になりかねない(言ってしまえば、脱がせた時点で十割僕の過失なのだけど)。
 それは避けたかったし、とりあえず僕の心も満たされたことだから、彼女には早々に脱がせたYシャツを再び羽織らせた。
「そして阿良々木先輩にとって恥ずかしい話というのは?」
「いや、他人に改めて自分の性癖を話すのって、恥ずかしくない?」
 さて、ここまでが前提だ。

 ――パチンッ。
 暗い部屋の中に小気味良い音を鳴らしてすぐ、僕は神原に噛み付いた。
 先に赤裸々に述べた話は僕の正直な気持ちではあるのだが、実を言えば、まだ神原に語らなかった話がある。
 実を言えば。恥ずかしげも、惜しげもなく言えば。
 この音を――サスペンダーが弾かれる音を鳴らしてから神原に吸い付くのが、僕にとってたまらなく癖になっている。
 しかし、半ば彼女の献身的な好意につけ込む形で血を貰っている僕の立場で、そんなことを言ってはいけないのだろう。だから言わないのだけれど。これはきっと永遠に彼女に伝えない性癖になるのだろうけれど。
「そういえば阿良々木先輩。私にもあるぞ、恥ずかしい話」
「ん?」
「先輩は血を吸い終わってからすぐ、私の傷口を舐めるだろう?」
「ああ」
 そりゃあ、彼女の体を傷つけてそのままということは男として有り得ない。だから僕は毎回彼女から吸血痕を消している。吸血鬼の後遺症のひとつである、自分の唾液を使う形で。傷を癒すため、彼女の肌をべろべろ舐めている。
 最低限の義務というやつだ。
「舐めているけど、い、嫌だったか?」
「そこだ」
「ん?」
「私はそれが好きだ。行為の後で、阿良々木先輩の舌に舐め取られている時が好きだ。なんだか癖になってしまう」
「……正直、可愛いなと思ったのは事実だが、はっきり言ってそれは性癖というか、ちょっとした悪癖だな」
「阿良々木先輩が言えることではなかろう」
 そう彼女は得意そうにはにかんで。
「どんな境遇だって、楽しんではいけないということはあるまい」
 前をはだけさせていたYシャツを正し、これ見よがしにベルトを鳴らす神原。あの話をした日から少しだけ、サスペンダーを付けてくれる頻度が上がったような気がする。
 やっぱり僕の好きな音だった。

 

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