うちのナースはおさわり禁止2

Reader


02

 神原駿河の仕事着が変わった。
「衣替えだ!」
 意気揚々と披露してくれた新しい仕事着とは無論、看護師が着用するワンピースを模したそれのことを指している。それがどこかクラシカルな形のものに変わっていた。
 ……どうせならナース服から一新すればいいのに。
 今までのボディラインがよく見える(時点で現場で使用されているような業務用の白衣とは違うんだろうってことは嫌でも察しがつく)制服とは違う。
 エプロンドレスって言えば良いのかな?
 ロリータ? ゴスロリ? 厳密にはそれらともまた違うんだろうけれど、目に馴染んだ(好きで馴染んでいったんじゃない)前の服とは随分と様相が変わったから、曖昧なイメージが先行してしまう。
 旧制服のタイトスカートとは打って変わって、膝まであるふんわりとしたシルエットのスカート。裾ではフリル増量中といった感じの出で立ちだった。
「そんな恰好で接客業が務まるのかよ」
 あと、元スポーツ少女がそんなキャラクター性を放棄するような恰好をして良いのかよ。
「安心してくれ。私はスポーツ少女時代も、ゴスロリでバスケットコートを走り回っていた女だぞ!」
 ……うーん。
 そんな自己申告から何が安心出来るのか、私にはさっぱり分からないね。
 衣装替えによっぽど自信があったのか。それともナース嫌いの私の鼻を明かせるとでも勘違いしたのか。
 彼女は、今まで私に見せて来た中で一番に得意満面の笑みだった。ウインク(実は上手い。顔の筋肉を動かすコツを熟知しているのかもしれない)とかしちゃっていた。
 そして、そのコスチュームチェンジに合わせてなのか、神原は、ほんの数日前まで腰まであった長い髪をばっさりと切っていた。
 頭の形が綺麗に出る爽やかなショートカットは、かつてバスケットボールプレイヤーだった彼女を彷彿とさせ――ないか。ないない。思い起こすには頭の上のナースキャップが邪魔過ぎる。
「でも、どうしていきなりイメチェンなんか。ひょっとして、失恋でもしたの?」
「してないしてない。ほら、髪型が変わっている方が続編っぽいから」
「続編?」
 いや、この話は掘り下げるべきじゃないかな。
 あんまりメタなネタが過ぎると嫌われちゃうからね。
「うん……。正直、このスタイルになってから、成績はちょっと下がった」
 と、それまでの自信はどこへやら。彼女は悔やむように肩を落とした。おや、と不随意的に私の眉が持ち上がる。愚痴っぽい神原が珍しく感じられたからだ。
『成績』というのはこの場合、キャストとして指名された数のことか。それを聞くと、さっきまでのドヤ顔は、自分で自分を鼓舞させる為のハッタリだったのかもしれなかった。良かれと思ってやった営業努力が振るわない、というのは成程、それはちょっと心にキツそうだね。
「まあ、男受けするかどうかは微妙なところだろうな。慰めてやるから元気出しなよ」
 シャンパンに口を付けながら、私は彼女の肩を抱いた。そろそろアルコールが私の気を大きくさせる頃だった。
「心にもないこと言うんじゃない。顔が笑ってるんだよ。私が楽しんでる時のリアクションは希薄な癖に、私が落ち込んだ時には笑うってどういうことだ。人の不幸を面白がるな」
「あはは、バレた?」
「……はあ。やっぱり髪が長くておっぱいが大きいナースの方が好かれるんだろうなあ」
 なんて、まるで全人類の嗜好がナース服に帰結するような言い方で神原は総括をしたが、無論、そんなことはない筈だ。
 現に、その狭いフェティシズムの輪の中に入れない奴が、きみの目の前にいる。

「……酔った」
「え。珍しいな。珍しいというか、お前が酔っ払ったの初めて見たぞ」
 思ってたより強かったか? という神原の呟きを耳に入れながら、私は天を仰いだ。そのまま上半身を右にスライドさせると、着地点に太腿があった。
「マナーが悪い」
「ここだと女の子に一任してるんだろ。■■■さんのルールだと?」
「……一見さん以外は、断らないようにしている」
「じゃあ平気だね」
 それ以上は追及されなかった。
 おろしたばかりだという制服は、既に煙草の香りがしたし、その奥には香水の甘さがあった。
 上を見上げると、神原は厳しい顔で新しいシャンパンのボトルを凝視している――が、それがどこか遠くに感じられた。……胸が邪魔で見づらいだけかもしれないけれど。ちょっと避けて貰えないかな。
「あれ? もしかしてノーブラ?」
「な訳ないだろう。ノーノーブラだ」
 否定語が二重になった分、より強く否定された気がするし、そのまま胸部を触っていた腕を払われた。
 ついでに、神原は両腕で上体を抱えるようなリアクションを挟んだので、膝に垂らしてあったエプロンが私の頬を擦った。
「…………」
 駄目だ。なんとか茶化して誤魔化せないかと思ったが、瞼が重くなってきた。
「……薄々思ってはいたけれど、ここってキャバクラの割に、コスプレ色が強いよね」
「そうか? いちゃキャバ全体で見れば少数派かもしれないけれど、イメクラとかはこんなもんじゃないのかな。行ったことが無いから知らないけれど」
 知らないのかよ。
「いや、ほら。コスプレが好きならメイド喫茶でバイトするって手もあったんじゃないの? って思って」
「それは無理だ。私がご主人様と呼ぶのは生涯で阿良々木先輩だけと決めているから」
「? 阿良々木先輩って?」
「あと、別にコスチュームプレイに執着がある訳じゃないから」
 よく言うぜ。
 新しいスタイルの制服に心躍らせながら言うには、些か説得力に欠けると思った。今の私が酔っ払って判断力に欠いた状態じゃなかったとしても、そう感じたに違いない。
「……慰めてくれるんじゃなかったのか」
 薄目を開けると、神原が不服そうな目でこちらを見ていた。
ふと、彼女に私のことが好きかどうかを言葉で尋ねてみたくなったが、それはまたの機会にしておくことにした。

 

1