うちのナースはおさわり禁止2

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「神原選手って、医者なんだっけ?」
「違う。今は当ナース系いちゃキャバ場内指名ナンバー4のセクシー看護師だ。というか、私の名前は■■■だ。神原選手って誰ですか?」
「流石に自分を見失い過ぎじゃない?」
 あと場内指名(ってあれか。本命になるまでじゃあないけど、話してみると案外楽しいってタイプ?)の数で誇られても今ひとつピンと来ないし、毎回本指名料を支払っているこっちの気持ちを全く考慮していない。そんなだから、上から数えて四番目という中途半端な数字なんだよ。
 でもまあ、聞くまでもないことを訊いた過失は認めよう。ここでは隠しているけれど、彼女が医学部在学中の学生だってことを、私――沼地蠟花は既に知っていたからだ。
 ならば質問を変えようか。
「じゃあ、■■■さん。ダメ元で訊くんだけどさ。きみ、診察って出来る?」
「診察? ……ああ、分かった。そういうことか。ほんと、お前も好きだよなあ。『診察』ワンセット入りまーす」
 彼女は分かったような顔をして、カルテに見立てた伝票に走り書きをし、安っぽいナース服の前をくつろげた。桃色の生地の下から見せブラが顔を出す。軽薄そうな赤色だったが――いや、それは良い。話の本筋じゃないから。■■■さん、もとい、神原駿河さんは分かったような顔をしておきながら、なんにも分かっちゃいなかった。
「いや、全くそういうことじゃない。『診察』はナースパブ限定裏メニューを指した隠語じゃない。私の顔におっぱいを押し付けないでくれる?」
「ん? 違うのか?」
 人の話は最後まで聞いて欲しい。キャストのオーダーミスの分までサービス料を払えと言われたらどうするんだ。ぼったくりもいいところだぜ。神原選手のドリンクバック分から引いといてくれよ。
「私の記憶が正しければ、きみって医者の卵だろう? ちょっと診て欲しいんだけど、ってことだよ」
「ん? お前、どこか悪いのか? なら、こんなところでお酒なんか飲んでいたら、身体に毒じゃないのか?」
 意外そうに眉を上げる神原。それとは対照的に、私の眉間は狭くなった。
 ほらね。弱った身で相談に来ているのに、いきなり小言から入るから嫌いなんだよね、医療従事者って。
「自分だって心理カウンセラー志望の癖に」
「だからこそ、耳当たりの良い言葉を選べるようになりたいんだよ。で。なんか、目が痛くてさあ」
「目? 目かあ……うーん、眼科は専門性が高いから、よく知らないんだよなあ……」
 なんて、小賢しい言い訳をしつつ。神原は私の方に向き直った。膝頭と膝頭がくっつく。
「私は膝頭より膝小僧って言い方の方が好きだがな。ほら、美少年を彷彿とさせるから」
「じゃあ小児科医にでもなれば良いのに。子供の膝くらい、よりどりみどりの眺め放題だろう」
「いやでも、ガチな少年の膝って大抵擦り剝けているから。美少年のお膝のお稚児さんは大抵傷だらけだから。いやらしい気持ちに――じゃなかった、痛ましい気持ちになってしまう」
「お稚児さん?」
 首を傾げた私と再度対称に、「まあ、それは良いんだ」と、神原は頭を振った。
「……本来なら、医師免許を有していない者は、医業をなしてはいけないんだぞ。医師法で禁じられているんだ」
「固いこと言うなって。有名な医療漫画の天才外科医はモグリだったじゃないか」
「アッチョンブリケ」
 中々ノリが良かった。
 そのままのノリの良さで、神原は私の瞳孔を覗き込む。
 今までで一番、ナース服が様になったシーンかもしれない。品性に欠けるピンク色じゃなければ尚良かったのに。あと、ナースワンピの前が閉まっていれば。
「目のどの辺りが痛いんだ? ……こら、擦るな。傷が付いたら一生ものだぞ」
「んー……」
「痛いのはいつからだ? どんな風に痛む? まばたきして、ゴロゴロする感じか?」
 ……うるさいなあ。
 いつだったかは、私が神原を質問責め(主な質問内容は、『どうしてきみがナースコスプレ特化型のキャバクラでバイトをしているか』だった)にして、渋い顔をされたことがあったけれど、今になってポジションが逆転していることに、何か思わなくも――ないか。うん。ひたすらに面倒くさいだけだ。
「痛いのは、この間、熱を出して以来……ああ、それはもう平気、復調したんだけどさ。目の腫れだけ収まらなくて――うん、まばたきすると気になる」
 新しいおしぼりで手を入念に拭いてから(ちょっとだけそれっぽいな)、私の目元に手を伸ばしてくる神原。下の瞼を親指でゆるく押し下げられる。負っていた疾患との相乗効果で、絶妙な不快感。
「触られると、痛いんだけど」
「すまん。いや、すまんなことないよ。ちょっとは我慢しろ。おっぱい見てて良いから」
「何の慰めにもならない」
 私を何だと思ってるんだ。
 ていうか、どれだけ自分の胸に自信があるんだよ。
「実は今日から新しいブラなんだ。誰かに自慢したくて堪らなかった」
「ふうん」
 意外や意外。さっき私がスルーした方の話を、神原が本筋にしたがっていたとは。しかし残念だ。用意された広い紙幅を、期待通りに埋めることは出来そうにない。私の描写スキルは高くないからね。悪しからず。
 それでも一応、と。目前にあった服の合わせ目に集中してみようと試みる。が、あんまり上手くいかなかった。
 涙袋の異物感が瞼を重くさせていたってのもあったけど、普通に、神原の手に遮られて見えなかった。
 この店の従業員は、キャバ嬢らしくネイルをしている女性も多いのだけれど、彼女の手がそうではなかったことは良かったか。その辺りは、裏の顔(本来はナース服の方が裏の顔な筈なので、裏の裏の顔かもしれない)が医大生なだけある。手を使う実習も多いのだろう。今は患者に見立てた上客の手を握ることに忙しくしているが、いずれ本物の患者の患部を触ることに忙しくなるのかもしれない。よく分からないけれど。
「……よく分からないな。暗いし」
 一瞬、私の思考を読み取られたのかと思ったが、そんなことはなかった。ただ早々にさじを投げられただけだった。
 人の眼球をじっくりたっぷりと観察した挙げ句の台詞がそれだとしたら、まったくもって頂けない。
「直前に熱が出た、というのは気になるけどな……正味な話、ここで相談するより、すぐにでも病院に行った方が良いと思うぞ?」
「…………」
 それが易ければ、苦労はしないんだよねえ。
 私のフットワークは、一度左足の故障を経験していても(寧ろそれが転機となっていて)、決して重くはない。
しかし、行き先が病院の場合は、その限りではないんだよ。
「ん? どうしてそんな顔をする。もしかして、お前、病院が苦手なのか?」
「今更にも程があるね。冒頭の注意書きにも書いてあったじゃないか」
「何の話だ?」

 今回のオチ――いや、診断結果か。
 神原の『診察』を受けてから、翌々日。
 仏頂面でセクシー看護師をはべらす私がそこにいた。
「ものもらいだって。全治一週間」
「ふうん? じゃあ、発熱もただの不摂生か。良かったな、大したことなくて」
 と、重い腰を上げてまで通院結果を伝えに来たというのに、かようにつまらない反応をされては、私も肘をつきたくなるってものだった。
 本当は診て貰った日から大分良くなってはいたんだけど、眼帯をしたまま来店して見せたのは、ちょっとしたあてつけである。
「……あまり良くなかった目付きが更に悪くなったな」
「悪いのは私の目じゃなくて、きみの口の方なんじゃない?」
 ナースが患者に優しくないってどういうことだ。表面上は過剰な接客を模しているところが尚更、質が悪い。
「思えば、『目付きが悪い』って、割と酷いこと言ってるよなあ。目の付き方なんて、自分ではどうしようもないのに」
 どこか辛辣な見解を添えながら、神原は私の空いている方の目を覗き込んだ。今度は額と額がくっつきそうな距離まで近づく。
 と、そんな絶妙なタイミングで、店のスタッフが席にやってきた。
 途端、距離が出来た。
 ……いや、違うかな。適切な距離に戻されたんだ。それまで投げ出されていた神原の脚が、秒で行儀良く畳まれていて、そんな様に私は苦笑してしまう。いやはや、彼女も器用になってきたものだ。
 しかし、問題なかろう。
 近付い来てすぐ、彼は物珍しそうな視線で私を一瞥していたから(よくあることだ)。そして、今度は神原に向かって何かを耳打ちした。
「はい……はい、わかりました」
 きっと、■■■さんにご指名が入ったのだろう。指名が被るようになってきたということは、きみもそこそこ成績が振るうようになってきたんじゃない?
 しかし、ヘルプで呼ばれる子に興味は沸かなかったので、時間には余裕があったが私もお暇することにした。
「じゃあ行ってくる……じゃなくて、『ごめんなさあい、もうお時間なんですー。また指名してくださいね、お大事にっ』」
 語調に合わせながらなのか、左右の手指を使ってハートマークを作る自称セクシー看護師。
「……体裁の為だってことは言わずとも分かるけど、もうちょっと心は込められなかったのかよ」
 いや、それこそ目も当てられなくなりそうだな。と、私は帰り支度を始めた。

 

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