25℃より熱い夢

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01

 阿良々木先輩に乗る夢を見た。
 乗る夢。比喩でも何でもなく、紛う方なき乗る夢だ。車に乗る夢や、船に乗る夢や、飛行機に乗る夢、という類であれば、多少は楽しさや浪漫があったのかもしれない。しかし、弾けるように目を覚ました私に残されたのは、後味の悪さと行為の感触の生々しさだけだった。
 肌に浮いていた汗を腕だけで拭う。湿った夏の空気は夜になってもじっとりと重くて、逃げるように目を閉じる。
 今夜も熱帯夜だ。

 開始点はいつも同じシチュエーションだ。まるで決められた筋書でもあるかのように。
 あの日だ。部屋の掃除の日だ。布団の上だ。
 押し倒した私と、押し倒された阿良々木先輩が向かい合っている。数秒前まで自らの変態性を証明すると息巻いていた私だが、既にその勢いは見失っている。ただ自分の心臓だけが早鳴りして、脈打つたびに左胸が痛むような気さえする。それはきっと、彼も。警鐘の様に響くお互いの鼓動が今にも聞こえてきそうだ。
 見つめ合って、暫し。時間にして如何ほどなのか正確なところは分からないが、相手に重ねた脇腹に二人分の体温が溶け合って、熱さに音を上げるくらい。
 気まずさに耐えかねたかのように、彼の手が私のチューブトップを捲り上げる。解放された場所が外気に晒されて少し涼しくなったが、それを喜んでいる場合ではない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、阿良々木先輩」
 やんわりと胸に沈み込もうとしてた指先が、怯む。合わさった視線も一緒に。でも色が違う。これから先に二人がすることだけは決まっている。そういう色だった。
 だから、勢いを取り戻さないうちに私の方から二の句を継いだ。彼にそこまでさせてしまうのは忍びない。
「……私が、するから」
「するって?」
「その……阿良々木先輩の、上で」
「え」
 言って、彼の手を自分の胸から外す。
 驚いた様に自分の眉を上げる先輩は。
「ど、どうしてだよ。これでも男として、女子にそんな負担を強いる訳には……」
「負担とか言わないでくれ。重い女になりたくはないんだ。それとも阿良々木先輩は、私にそういうことをするのを負担に感じるのか?」
「いや、そんなことは思わない。そういう意味じゃなくて……本当に良いのか?」
 ここまで来ておいて今更何を言っているのだ。という指摘を入れたい気持ちは一番にあったのだが。自分の立場上、彼の言葉に少しでも否定の意が含まれるのならば、絶対に聞き流してはいけないだろう。
「じゃあ……やめるか?」
「…………お願いします」
 思いの外早く返事がくる。
 うう。
 自分から申し出たものの、律儀に頭まで下げる彼を前にするとこっちまで引っ込みがつかなくなる。狡い。勝手なことは承知で、心の中だけで非難の言葉を呟いた。
「でも、なんで……」
 それでもまだ食い下がるのは彼の性分なのか、押し出された声は上擦っている。
 阿良々木先輩の手を汚させるようなことはしたくない。なんて正直な気持ちを言っても正義感の強い彼のこと、きっと聞き入れてはくれないだろうから、私は声高らかに答えた。
「私は、阿良々木先輩のエロ奴隷だからだ」
 恐れを知らない声だった。

 結局二度寝は諦めて、携帯電話のカレンダー機能を開いて日付を数えてみる。
 いち、に、さん、とカウントし、あと五日だということに気が付いた。確かに、私の部屋の散らかりは目に見えて酷く、最終形態レベルへと到達しようとしている……のかもしれない。否、私のことだから、更に上の変貌を残していたとしてもおかしくはない。最も危惧するべきは、その事実にさして危機感も覚えていないことなのだろうが。

 ゆっくりと阿良々木先輩の上に跨る。自分の意思で腰を進めたのに、どうしたって彼から貫かれている印象を抱いてしまう。
 やっと全部収めて息を吐くと、収めた場所を内側から押す圧がいきなり大きくなった。堪え切れずに首が折れ、喉が短い悲鳴を上げる。
 波をやり過ごしてから顔を上げると、すぐに目が合った。もしかしてずっと見ていたのか。自分に都合の良い可能性をちょっと考えかけただけで、私の胸は切なさでいっぱいになる。
「阿良々木先輩……?」
「ごめん。お前の顔を見ていたら自然に……」
「……っ」
「か、神原さん?」
「あ……すまん。阿良々木先輩の、声を聞いていたら……自然、に」
 冷やかし交じりの返しの声も震えてしまうのが悔しい。
 罪作りな先輩だ。
 あなたの一言が私をどんなに高ぶらせるのか、あなたは知らないのだ。
 ずり下げられたホットパンツが、自分のなけなしの理性のように太腿に残っていて。その理性が訴える。
 阿良々木先輩をよくしたい。
 さっきより確実に潤った場所を軸に、動かしてみる。右に左に身を捩り、腰を捻る。内腿で感じる体温がじっとりと熱い。前に後ろに擦りつけてみる。びりっとした刺激が走って慌てて止める。これは駄目だ。私の方がもたない。
 上下に動いてみてやっと彼が息を漏らしたので、私は少し誇らしくなった。そのままピストン運動を意識しながら腰を振るよう試みる。
 下半身を持ち上げて落とす度、全身で阿良々木先輩を感じる。抜けそうになるまで引いて、寂しさを覚えてはまた彼を奥まで迎え入れている。全身を苛む快感と、それ以上を望む欲と、一緒に。
 こんなことでは駄目だ、と自分を奮い立たせるが、固く結んだはずの唇は気付けばすぐに解けている。不自然な運動を重ねた所為か、太腿がひきつるような痛みを訴えているが、止めない。私に注がれる彼の視線がとても熱っぽいから。
 もっともっと、阿良々木先輩をよくしたい。
 結合部がぶつかる度に淫らな水音が響く。
 私達は何度も、下半身だけでキスをした。

 せめて、何かネタにならないだろうかと、阿良々木先輩宛にメールをしたためてみる。いっそ本人に笑い飛ばして貰った方が、夢の中の私も浮かばれるかもしれない。
『阿良々木先輩と性行為をしている夢を見た』
 ……ふむ。
 いざ文面にしてみるといまいちパンチが足りない気がする。面白味がない気がする。なので送信ボタンは押さないでおくことにした。

 

 

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