僕の神原がボブカットになった

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 僕の彼女がボブカットになった。

「ただいま帰ったぞ、阿良々木先輩」
「おう。おかえ、り……?」
 僕こと阿良々木暦が二十歳、僕の彼女こと神原駿河が十九歳の冬の時分である。行きつけのヘアサロンに行く、と外に出た彼女が、腰まで届くくらいの長い髪をボブカットにして帰ってきた。
 久方ぶりの断髪だから多少はイメージも変わるだろうとは踏んでいたものの、これでも僕と神原は二年越しの付き合いで、その間に彼女のヘアスタイルはロングからショートまで様々目に焼き付けてきたつもりだった、が。
 ボブカットとは。
 これは正直、予想外。
「本当はショートに戻したつもりだったんだがな。いかんせん久しぶりだったから、感覚が分からなくて微妙な長さになってしまった」
 微妙だなんてとんでもない。
 切り揃えられた毛先が肩に触れるか、触れないか。その微妙ならぬ絶妙な長さは、確かに彼女が与える印象の中では稀有なもので、それが新鮮な印象を与えてくれる。というのに。
「まあ、いざとなれば阿良々木先輩に切って貰えば良いし」
 当の本人は、にべなくそんなことを言うのだった。プロの美容師さんが整えた後の髪にハサミを入れることだって、ちょっとした度胸試しに近い感覚があると言うのに――否、そんな心象を語るより先に、だ。お前はなんて勿体無いことを言うんだ!
 そして本当に惜しげも無さそうに取り出した散髪用のハサミ(こういう時だけやけに早く発掘されるのはいつもながら皮肉なものだ)を見て、慌てて僕は彼女の手から没収した。
「駄目! 絶対っ駄目っ! 今回に限ってはどんなにお願いされたって、僕は断固としてお前の髪を切らないからな!」
 思いの外強い手付きになってしまった(一方で語尾に促音を付けて随分と可愛らしい否定調になってしまった……)所為か、神原は「何をするんだ?」とでも言いたげにきょとんと首を傾げられた。だから懇切丁寧に語ってやらねばなるまい。
 だって、なんか良いじゃん、その長さ。ちょっとレアっぽいし。
 うなじが見えそうで見えないのが可愛い。
「えー? でも私はエロエロだから一瞬で伸びるぞ」
「それもまた良い。お前には諸行無常を愉しむ情緒がないのか?」
「女子の髪型から三法印の一つを悟られても、それこそ挨拶に困るな……」
 と、どこか照れくさそうな様子で頰を掻く神原。その様だって、薄く頰を覆う横髪を払い除けながらの仕草で、僕の胸を密かに熱くさせる。その情熱は本人には伝わらないようだが……。
 ううむ、何と説明すれば良いのやら。
「たとえばの話だけど。麦酒の泡って麦酒本質の味ではないけれど、乾杯をする前に泡が減っちゃうとがっかりするだろ?」
「そのたとえ話は未成年には分かりづらいぞ、阿良々木先輩。えーっと……意中の女性との性行為の際して、相手の勝負下着が豪華だとちょっとテンションが上がる、みたいな話か?」
「違う。それで上がるテンションはちょっとどころじゃない。じゃなくて、それこそ未成年向けのたとえ話じゃねーよ」
 それでも、僕がハサミを握る気がないということは納得した様だった。もう少し俗っぽくない比喩表現を選んで欲しかったが、仕方ないか。神原だし。
 ついでに述べておくと、僕の目の前で着替え中の神原の下着は勝負用のそれどころか、上下が揃っていなかった。薄手のニットから首が抜かれ、また毛先が悪戯に揺れる。それがまた、僕の視線も揺らすのだ。
 いや、でもマジで可愛いな。
 なんかいつもと違った甘い匂いすら感じるんだけど。
「幻嗅はメンタル系だからしっかり休んだ方が良いぞ」
「酷い! 学んだ知識を応用しながら責めるのは卑怯だぞ」
「真面目に言及するならば、多分お店で付けて貰ったヘアオイルの匂いだと思うぞ」
「そっか……」
「しかし、阿良々木先輩の知り合いにもボブカットの子はいっぱい居たじゃないか。羽川先輩とか、戦場ヶ原先輩とか。あと、扇ちゃんか。月火ちゃんだってそんなヘアスタイルにしていなかったか? 今更私の髪型でテンション上げなくても良かろう」
 いやいや違うんだよ、神原くん。これは実際に目の当たりにしないと分かってくれない境地だとは思うんだけど――と、僕は布団に手を突いた。彼女を巻き込みながら。
「そうやって裸で屈んだ時の、こうさ……前下がりボブのラインとおっぱいの輪郭が描く平行線が美しいと思う」
「裸体の話になってくると、知り合いの名前を出して良かったのか些か心配になってくるが……いよいよ阿良々木先輩も、私のご主人様らしくなってきたな」
 なんて、僕の下で大きく息を吐いた神原は、つれなく胸を押し返したのだった。

 

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