月に叢雲花に風

「沼地先輩、今日はどうせお暇でしょうから、僕の話を聞いていきませんか?」

 と、なんとなく失礼な物言いで彼は私に話しかけてきた。

「私が暇だと決めつけられる謂れはきみにないけど……何?」
「いえいえ。何にも知らない僕でも、今日の沼地先輩が時間を持て余していることくらいは容易に想像が尽きます。まあ、そのことと関係なくはないなんですけども」
「…………」

 人を黙らせることが出来るとそこそこに自覚がある雰囲気を出しながら睨んでやっても、この後輩は全く臆さない。それがとても厄介だった。

「今日、駿河先輩をお見かけしたんですけどね。火遊びも大概になさった方がよろしいですよ、と不肖の身でありながらこうしてご忠告に参じた訳です」
「……私と神原選手が、何だって?」
「知らないとでも仰るんですか? しらばっくれるおつもりですか?」

 言いながら、肩を竦め、首を傾げる仕草。
 リアクションが一々わざとらしく、煩わしい。

「駿河先輩は今日、阿良々木先輩をお部屋にお呼びするらしいですね。だから沼地先輩、こうして一人で暇を持て余しているんでしょう?」
「別に、私は神原選手にしか相手にされないような可哀想な奴じゃあないよ」
「そうなんですか? じゃあ駿河先輩の首を見て、これは沼地先輩に話を聞かなければいけないな、と考えたのは僕の早とちりでしたか。それはすみませんでした。それでは戦場ヶ原先輩を訪ねてみることにします」
「……ちょっと待ちなよ」
「なんですか? 沼地先輩に心当たりがない以上、これ以上お話することは何もありませんよ?」
「じゃあ……。そもそも、なんできみは神原選手にそんなに執着するんだよ」
「僕が駿河先輩をお慕いしているからです。駿河先輩の首元――正確には耳の後ろですかね? あれは看過出来ないと思いまして。人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死んじまえ、という奴です」
「きみも知っておいても良いね。今ここできみを蹴り飛ばしてやっても、私は別に構わないんだってことを」
「おやおや。何やらご機嫌がよろしくないようですね? 阿良々木先輩の所為で駿河先輩のお部屋に上がれないことに、心を痛めているんですか?」
「きみがわざわざそのネタを振ったところで、私を煽ることは出来ないよ」
「いえいえ。僕の本命のネタは別にあります。恐らくは、沼地先輩が制服に指定のスカーフではなくネクタイを結んでいる理由に……」
「…………」

「神原。それどうしたんだ?」
「ん? 何がだ?」
「ほら、それ。耳の後ろか?」

 はっ、と咄嗟に自分の首の付け根に手を当てる。
 確かここは昨夜……。
 私が嗜むBL小説ではよくあるというか、言ってしまえばベタなシチュエーションだが、まさか自分が経験する日が来るとは思ってもみなかった。

「うーむ……、寝ている間にどこかにぶつけたのかな。最近、寝る前に読む本をそのまま枕にして寝ているから」
「もうお前がどんな環境で寝起きしていても、僕は驚かないけどさあ」
「思い付きで買ったは良いが一度しか開いていない十巻セットの事典なんかは、中々の寝心地だぞ」
「使わない事典を買うくらいなら枕を買え。そしてせめて本は止めろ。危ないから」
「では私の身の安全の為に、引き続き頼む。元々使っていた枕もそのうち見つかるかもしれないし」
「わかったよ」

 そして彼はいそいそと清掃活動に戻る。
 私にとってそれはとてもありがたいことだが、先の様に妙にタイミングが良いというか、勘が良い時があるというか……。都合が悪いところにを何の気なしに指摘出来てしまうところが、この人のすごいところだよなあ。
 話題を逸らすことには成功していると思うが、一応、念を押してもうひと逸らししておこうか。

「阿良々木先輩は最近どうだ? その、幽霊の友達とは」
「ん? ああ、だから友達という言葉で語るには――」
「そういうのは今日はいいから」
「んー、相変わらず仲は良いぞ? 言ってしまえば、僕ってそいつとキスくらいならしたことがあるし」
「……すまない。それは私が聞いたらアウトな話だと思う」

 とは言いつつも。
 声を大きくして非難するには私にも思い当たる節が全くないという訳でもなく。
 追及こそ受けなかったが、先輩から指摘されてからまもなく、結わえていた髪をさり気なく解き、それを隠した。

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