「私は、るがーが良いと思うな」
と、日傘がその一言を発したのは、二年前の丁度今時期、秋と冬の境目の時期のことだったと思う。
夏の大きな大会を終えて、二年生の先輩方の引退が見え始めてきた頃(直江津高校は進学校なので、部活動は二年で引退となる)、当時一年生の私達は部室で額を突き合わせてミーティングに臨んでいたのだった。
うちのバスケ部が全国大会に出場したのはその年が初めてだった。それまでロクに手が入っていなかったであろうやや設備の足りない小さな部室は、冬の始まりにふさわしくひんやりとしていて、暖房が欲しいな、とぼんやり考えていたことを覚えている(ついでに、この希望は来年度に急激に増加した女子バスケ部への予算によりちゃっかり叶ってしまったりする)。
そんな風に、真面目に話し合いが行われているチームメイトの頭を眺めながら、不真面目なことを考えていた私は、ホワイトボードの前でマーカーを握っていた日傘の発言に、すぐには反応出来なかったのだ。
「次のキャプテンはさ、るがーが良いと思うんだよね。私は」
パチン、とマーカーのキャップを締める小さな音と一緒に、彼女が繰り返した。
そう。先輩方の引退を前にし、代替わり――新体制へと移行しようとする時期、私達は次代のキャプテンを決める話し合いをしていたのだった。
話し合い、とは言ったものの、その実なんとなく私がやることになるんじゃないかなあ、とそんな雰囲気はこの場に赴く前から感じていたので(別に自惚れているのではなく、全国大会に至るまでで、一番声が大きかった一年生だったという自覚はあったからだ)、その意見に対し首を縦に振ることは別に苦ではなかった。
「ああ、良いぞ」
ただし、そのおぼろげな予感をはっきり口にしたのは、日傘が初めてだったかもしれない。
私に集まっていた全ての視線が、ひとつ残らず安堵の色に変わる。
「そう? なら良かった! みんなも、特に文句ないよね?」
そして、日傘の主張を後押しするように、疎らに拍手が上がって。
しかし、ここだけの話。そんな満場一致の空気の中で、やっぱりストーブの購入を考えたいな、と密かに考えていた私は、皆が思う程、真面目なプレイヤーじゃなかったんだと思う。
ともあれ、そんな経緯で私は直江津高校女子バスケットボール部のキャプテンに任命された。先輩方からも異論はなかったし、良い環境で任せて貰えたと思う。これはチームメイトに感謝することしきりだ。
まあ、結果、私はそれを途中で投げ出すことになってしまうのだが。
キャプテン代理を通してくれた日傘だけは、私の早期引退の、この上なく自分本位な理由を最後まで追求しなかったけれど。
「んー、……まあ、怪我しちゃった後で責めても仕方ないでしょ。それに、元は私がるがーに勧めたってのもあるし」
それは果たして、私を追うように自ら副キャプテンに立候補した彼女の、本音だったのかどうか。
「まあ勿論、一番上は面倒だって気持ちもあったことは否定しないけどね。私みたいなタイプは向いてないからさ」
そんな一言を添えて、人の奢りのパンケーキを口に運ぶ日傘の本心は、例え友達でも計り知れない先にあるのだと、私は察することしか出来ないのだった。