するがウォーター

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 私は機嫌良く服を脱ぐ。
 タンクトップを捲り上げ、ブラを外し、パンツから足を抜く。
 自分で言うのもなんだが、機嫌が良いと脱ぎっぷりも良くなる、と思うのは私の気の所為か。
 勿論、上機嫌にはそれなりの理由があるのだが。
 全て脱ぎ終わり裸になった私は、風呂場の戸を勢いよく開けた。
 湯気の中、檜の香りと浴槽に張られた湯が私を迎える。うむ。良い風呂日和だ。
 体を流すのもそこそこに、私はざぶりと湯に浸かった。
 機嫌が良い理由、それは。
 今日、阿良々木先輩から、私は。
 ……なでなで、された。

「……ふへへ」

 駄目だ。頬が緩む。声が漏れる。

「……声が漏れるって、なんかいやらしいなぁ」

 なんて言ってる場合ではない。と、セルフツッコミを加えておく。心の中だけで。
 憧れの阿良々木先輩から頭を撫でられる、といのは自分にとってそのくらいの大事件なのだった。
 中学校の頃、戦場ヶ原先輩は私を可愛がってくれたけれども、そういう接触とかは無かったもんなぁ。
 高校に入ってからはまた輪をかけるようにして、一時的接触とは無縁の人になったと言っていいだろう。
 バスケ部もしかり。特に高校に上がってからは甘える、とかそういう関係とは無縁だった。四番を背負ってからは特にそうだ。
 以前に、これも戦場ヶ原先輩と話したことなのだが、私や戦場ヶ原先輩は可愛がられる側というより、可愛がる側の人間なのかもしれない。
 だからその辺りの事情も相極まって。なんて、これは単なる言い訳かもしれないが。

「……ふふ」

 駄目だ。やっぱり頬が緩む。やっぱり声が漏れる。
 のぼせてるなぁ。風呂だけに。
 上半身を顔まで湯に浸かり、足先を水面から出してバタつかせる。
 我ながら乙女チックと言おうか、少女漫画的と言おうか、それこそ私が可愛がる側の人には見せられない姿なのかもしれない。
 なんて呑気に考えていられたのはそこまでだった。

「……!?」

 ぐるり、と視界が回った後、歪む。
 ざぶん、と派手な水音を、私の耳が水に浸かる前に拾った。
 はしゃぎ過ぎてバランスを崩し、転倒してしまったのだった。

「……ぶはぁ、……はぁ、……はぁ」

 あー……、溺れるかと思った。
 息つく間もなく、ツンとくる刺激が鼻を襲う。どうやら水を飲んだらしい。

 父は幼い頃、この浴槽に張られた水面に、将来結ばれる女の子、つまりは私の母を見ていたという。いや、将来結ばれる相手を見ていたというより、理想の相手とか好いている相手と言ったところが適当か。
 先輩方に大手を振って話してはみたものの、父の言うことを信じていない訳でも無かったが、字の通り、半ば迷信だと思っていたのだった。それこそ少女漫画でもあるまいし。
 中学生の頃の私ならば、それこそ戦場ヶ原先輩が映るべきであったのだが、水面にその姿を見えることはただの一度も無かったことだし。
 念入りに体を洗い終えた私は、シャワーで体中の泡を落としにかかりながら考える。
 この話を阿良々木先輩に話した日の夜。
 では、私は水面に何が見えるのか、と先輩は私に電話で聞いたのだが、実は分からない、というのが正直な回答だった。分からないというより、忘れた、とか意識していなかったというのが正確なところか。
 だってそうだろう。私がこのいわくの話を聞いたのは父が存命の幼い頃だったし。自分で実践したのはこの家に引き取られてすぐ、とまでは行かなくても早々のこと。随分と昔だ。その時の結果は覚えていない。何ら変わらず自分の顔でも映って、がっかりでもしたのだろうか。
 それから毎日風呂に入る度に意識する訳にもいかないし、この井戸水での入浴が習慣になるにつれ、意識から外されていったのだった。
 中学生の頃に再び意識しだす時期があった(理由は言わずもがな)のだが、これは先述の通りの結果に終わっている。
 という次第だったので、正確な所は自分でも分かりかねるのだった。
 今の私は、何を見るのか。
 阿良々木先輩に聞かれた事でまた気になり出した、という所もあって、私はまた試してみようかと気まぐれを起こしたのだった。
 全身の泡を湯で流しきった後、私は早速、浴槽に近づいた。
 湯に入ると水面下の自身の身体に視界を遮られてしまうので、浴槽には入らず、外から四つん這いになって覗き見ることにする。
 風呂場とは言え、裸でこのような恰好をしている、というのも中々に背徳的な絵面である気がする。また今度、話を振ってみようか。新しい話のネタが出来るといのは喜ばしい。
 そんな思惑を抱きながら、四つん這いでのこのこ浴槽に近づいたところまでは興味本位というか、冗談半分な気持ちであった。
 しかし、水面を覗き込んだ瞬間、私は仰天したのだった。
 私が見たもの。それは。
 ――阿良々木先輩!?
 あ。違った。
 よく見ると、いや、よく見るまでも無く、水面に映っているのは自分の顔だった。
 当たり前である。
 しかし、何故だか裏切られたような気持ちになって、私はその場にへたり込んだ。
 一応、後ろを振り返ってみるが、しかし誰も居ない。
 振り向いたら私の背後に本物の阿良々木先輩が立っていて……なんて展開も無い。それでは少女漫画ではなくエロゲになってしまう。全裸で四つん這いになるという話もしていた所だし。
 鹿馬鹿しい、とばかりに今度は意図的に水音を立てて水面を揺らし、私は浴槽に入った。こんなに湯を減らして、とおばあちゃんにお小言を貰うことになるだろうか。一度目は事故なのでご寛恕願いたいが。

 今回のオチ。
 結局、自分の伸び始めた髪の長さが、同じく髪を伸ばし始めたという阿良々木先輩と丁度同じくらいの長さだった為、シルエットがかぶって見えただけという、つまらないオチで終わってしまった。加えて、覗き込む手前まで阿良々木先輩の事を考えていたから、尚更イメージと重なり易かったとか、大方そんなところだろう。
 しかし。
 父の話は案外、迷信でもないのではないか、と私は思い直してしまうのだった。

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