(in) directry

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「正直、もうどっちでも良いんじゃない?」

 と、やや冷たい視線と一緒に申し渡された沼地の言葉は、私にとってはどうにも喉に突っかかるものだった。

「どうせちゅーしちゃえば分からなくなるんだし」

 小さく付け加えられた一言が飲み込み難さに拍車をかける。なので聞こえなかったことにしよう。

「もう一度、言うけれど」

 本日二度目、通算では何度目だったか。我ながらしつこいんじゃないかとそろそろ辟易してきた忠告を、私はまた繰り返す。それは沼地も同感の様で、ゆるく引き結ばれていた唇が不服そうにすぼめられた。軽くだけど。それでも、私より赤みが薄いそれは柔らかそうな感触を失うことなく艶っぽいままで、私はどこか気まずい気持ちを覚えながら目を逸らす羽目になる。その艶めきを与えている対象こそ、今私の頭を悩ませている原因なのだが。
 しかし、どうしても看過したくなかったのだ。

「お前と間接リップなんてお断りだ」
「きみがそう細かいことを気にする性格だとは思わなかった。ボトルの回し飲みには文句を言わないのに」
「それは私の気持ちの問題だ」
「そういう言い方をされると、こっちの方がぞっとしちゃうぜ」

 じゃあ、返すよ。
 と、沼地は手に持っていたそれを私に投げ返して来た。が、彼女に視線を合わせていなかった所為で受け止め損ねた。円筒状のケースが教室の床を転がり、私の爪先にぶつかって止まる。

「でも、ちょっと安心したかもしれないな」
「何が?」
「神原選手も、人並みにパーソナルスペースを有しているということに」

 やや棘のある言葉が、私の鼓膜にちくりと刺さる。落ちたリップを拾う為の時間は不随意に跳ねた心臓を隠すのには十分だった。相手の足元に屈んだままやり過ごそうとしている私に、沼地は。

「そもそもさ、始めに取り違えたのは神原選手の方だったと思うんだけどね」

 と、腰を持ち上げた。

 パーソナルスペース――人並みに有していようがいまいが、沼地の場合、気付いた時にはいつだってゼロ距離なのである。

「……やっぱりどっちでも良いんじゃない?」
「間接も直接も、絶対にお断りだ」

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