「阿良々木先輩。今日は新しい遊びを考えたぞ!」
今や恒例となっている、彼女の部屋の大掃除の時分である。
「ほお……」
普段は凛々しい顔を笑顔で輝かせ、神原が胸を張って言った。
いや、僕は掃除をしに来たのであって、遊びに来たのではないんだけどな。
しかし、その自信に満ち溢れた姿に、僕は嫌な予感しか覚えない。
口を開けば変態発言、自称フロイトの後継者を自負している後輩の提案が、ロクなものである訳がないのだ。
「ま、一応聞いといてやるよ。何?」
「以前、阿良々木先輩と花札で対戦しただろう?」
「ああ」
「今度は負けた方が、服を脱いでいくんだ」
「脱衣花札!?」
予想以上にシンプルだった。直球だ。
これまた神原の部屋の清掃時の時。部屋の肥やしと化していた花札を僕が偶然掘り当て、休憩がてら神原と一戦交えたのだった。
勝敗もしっかりと記憶している。というか、初心者であることを差し引いたとしても、神原のあの二十連敗は忘れるに難い。
「運が絡むゲームでは滅法弱い私だが、こういう性的な要素を絡ませることで、きっと勝率が上がるに違いない」
「どういう理屈だよ」
しかし。
僕の視線が後輩の頭の先から爪先をなぞる。
神原の恰好は、先日と同じようなチューブトップとホットパンツ。僕の眼力からするとノーブラであるから。
「お前、もし僕が三勝したら、全裸になるんじゃ?」
「阿良々木先輩、それは違う。私がホットパンツの下にパンツを穿いているかは、定かではない。場合によっては二勝でマッパになるぞ」
「なお悪いじゃねぇか! そして前に使ったネタを使い回すのは止めろ! あと自分のパンツの有無位ちゃんと把握しとけ!」
中身が非常に気になる次第ではあるが、深く考えないことにして、居住まいを正す。
「大体、前回の罰ゲーム覚えてるだろ? お前、ギャンブルはしないことになっている筈だ」
「そうは言うがな、阿良々木先輩。少し我儘を言わせていただくが、あのように堂々と勝ち逃げされては、私の気も晴れないというものだ。」
僕の想像以上に、神原は前回の勝負で一度も勝てなかったことを引きずっているようだ。
その時に嫌というほどに思い知ったのだが、彼女は大層な負けず嫌いである。
暇つぶし程度に興じた勝負がここまで後引くとは思ってもみなかった。
「ここはひとつ、先輩を超えようとする後輩の気持ちに、報いてはくれないだろうか」
そう熱心に説く神原はまだ勝負前だというのに、すでに目が座っている。
正直、負けが続くとむくれる奴を相手にするのって面倒なんだよな。神原はその典型。
とは言ったものの、すっかりマイナーになってしまったこのゲームの、貴重な対戦相手を失う、というのも寂しいものである。
決して、以前見てしまったフルヌードの背格好が脳裏に浮かんだ、とかではない。断じて違う!
「よし、分かった。挑戦を受けよう。だが、条件がある」
「なんだ?」
「『脱ぐ』のではなく、『脱がせる』にしよう」
◇
結果は想像に違わず、神原の惨敗。前回同様、運がなさ過ぎる。
不謹慎ながらゲームに性的要素を交えたところで、ゲームプレイヤーがどんなに変態であろうとそれは勝率に関係がないらしい。
「いや、こう考えてはどうだろうか。阿良々木先輩の方が私よりいやらしいが故、性的要素が絡むことで私以上に勝率が上がったのでは」
「つべこべ言ってんじゃねーよ。十二回戦を三セット、三十六連勝したぞ。ほれ。両手、上げろよ」
約束は約束なので。
脱がせやすいように万歳の姿勢を取るよう要求する。が、反応なし。
「神原さん?」
「…………」
また黙っちゃたよ、こいつ。
相変わらず膨らませ気味の頬は可愛いのだが、そうむくれられると。
「言いだしっぺはお前だろ、ほら」
やはり苛めたくなるというものだ。
「それはそうなのだが……、お、女の子を脱がすのだから、もう少し優しくしても良いのではないか?」
「優しさ? なんだそれ、知らん!」
「阿良々木先輩の病気が出たな」
「賭けは賭けだからな。文句言うなよ」
「わ、分かっているさ……っ!」
◇
後日談というか、今回のオチ。
ここまで長々と前振りを振ってきた訳だが、結局、チキンの僕がしたこととと言えば、両腕を上げて固まる神原を舐めるように見回す、という放置プレイだけだった、という残念なオチが付いている。
まぁ、端から僕にこの女を脱がせる度胸も、僕の彼女に殺されそうになる覚悟もなかった訳だが。
「でも、阿良々木先輩は、自分から脱ぐことには吝かではない私だが、脱がされるのには慣れてない、と読んでいたのだろう?」
「さあ? 別に僕はお前の性癖を熟知してる訳じゃねーよ。あと、自分から脱ぐことにも吝かであれよ」
「結局脱がせはしなかったものの、ボディタッチはしっかりと行っていた先輩に言われたくはないぞ。それはもはや放置プレイではない」
「ギクッ!」
「しかしだな。阿良々木先輩もひとつ、見誤ったところがあるな」
「ん?」
「当初の条件で提案した時から、私はこれでも、どきどきしていたんだぞ」