暑くて眠れない夏の夜には、よく京介を思い出す。
それは決して、恋のおまじないが大好きな友人に似合う乙女的な物言いからくるものではない。恋人を思うと胸が苦しくて夜も眠れないとか、そういう類ではない。ただ、夜風も吹かない、湿気を多く含んだ汗ばむ夜は、どこかあの粘着質な男を連想させるというだけの話。季節を問わず、春だろうが冬だろうが、京介はよくあたしに纏わりついてくるけれど、特に夏は最悪だ。どうしてわざわざ夏場にそんな暑苦しいことをするんだ、恥ずかしい、と彼を引き剥がす為に消費したカロリー量も少なくはない。
……まあ、彼の悪癖に制裁を加える為に費やした運動量には遠く及ばないけど。
とにかく、あたしは夏が苦手だ。朝から晩まで纏わりつく暑さに辟易し、何もかもが億劫になる。彼のことはよく思い出せるが、思い出してるといよいよ眠れなくなるので、思い出さなかったフリをする。
そういえば。
初彼に対して初恋の人は、冬が似合う人だった。
なんて思うのは、中学時代に喧嘩して帰って来た日――尚ちゃんがあたしを気遣ってくれた日を思い出すと、それはあたし好みのきりっと寒い冬の日だったから、というだけで、これは勝手なイメージに過ぎないのだろう。夏に開放的になる(超迷惑)彼氏と相対して、感じるだけ。
だけど、温室育ちのお嬢様であるさよも(性格は中々にアグレッシブだけど)冬が似合う女の子な気もする。彼女の場合は愛用するロングスカートの印象もあるだろうけれど。
でも、あながち間違ってはいないんじゃないかな、なんて気持ちもある。兄妹で何か通じるところもあるんじゃないか、なんて。
冬生まれのあたしが、初めて尚ちゃんに会ったのは果たしていつのことだったのか。幼過ぎて覚えていない。だけど、寒空の下で尚ちゃんがさよにマフラーを巻いてあげていたことは覚えている。憧れっぽい何かを抱いたりもしたっけ。その気持ちが果たして誰に、どの方面に向けられてた気持ちだったのか、中学生のあたしも高校生のあたしも分からない。
そうだ。
比べて、うちの兄と言えば。
どうして我が家のエアコンは、リビングとお兄ちゃんの部屋にしか付いていないのだろう。理不尽だと思う。恨めしくも思う。それを理由にして兄に喧嘩を売る程、高校生の私は馬鹿じゃないけど。夏休み、うちに泊まりに来ためぐみが冷房の効いたお兄ちゃんの部屋から出て来なくなることは、あたしにとっては良いことだから。
ただし、京介に入り浸られると、あたしは涼しいリビングから自室に戻らなくてはならなくなる。彼が隣にいるだけで、エアコンのない部屋に引きこもる以外に選択肢がなくなる。そして、自分だけでも涼しい部屋にいれば良いのに、京介も律儀にあたしの部屋まで着いて来る。確率は七割五分くらいで、それはそれで歯がゆい思いをする。残りの二割五分はお兄ちゃんのところだ。それはそれでどこか恨めしく思ってることは内緒だ。
今日も真夏日だったというのに、二人きりになると京介はすぐ私の腰に腕を回した。すると大好きな筋トレでさえ満足に出来なくなる。怠惰な夏の所為で、振り払うのがどっと面倒になる。あたしがよく夏太りをするのはそれが理由だろう。きっと。
せめてストレッチくらいしようかと上体を反らしたら、すぐに。
「えみかは全然太ってないし、少しくらい気にすることないのに」
なんて、調子良く私を甘やかそうとする京介の言葉も苦手だ。
相も変わらずあたしの腰にベタベタと絡ませてる腕も。いつもの動作に少しだけウエストのくびれの太さを確認するような動きが加わっていることだって、あたしの羞恥心を的確に射抜いてくるから苦手だ。あたしは胸の下に汗を掻きやすいってことが彼にバレたら嫌だった。
暑くて眠れない夏の夜には、よく京介を思い出す――なんで一人だけ涼しい顔していられるんだ、馬鹿。
何もかも、暑さの所為だ。
何もかも、京介の所為だ。
何もかも、暑さの所為だ
Reader