天国に割と近い部屋

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01

 阿良々木先輩と心中することになった。
 一応、合意の上なので無理心中ではなく情死に分類出来ると思う。
 あんなにも生きることが大好きだった筈の私の先輩が、一体どうして死を選ぶようなことになったのか。その委細はなりゆきで一緒に死ぬことになった私にもよく分からないのだが、しかし分からずともそういうことになってしまったのだから仕方がない。
 それでも、実行に至るきっかけめいたものはあったのではないかといえば、あれは確か二人でお酒を飲みに行った日のことだっただろうか――否、阿良々木先輩は夜道で愛車を転がしていたから違うかもしれない。あれがアルコールの力を借りた妄言でないのなら、少なからず彼を知り、そして慕ってきた後輩として、ますます訳が分からなくなってしまうのだが。
「僕はもう駄目だ神原……」
 とりあえず、こんな感じの台詞を少なくとも五回は聞いた。運転席でハンドルを握る阿良々木先輩は、見るからに落ち込んでいる様子だった。十人いれば十一人が塞ぎ込んでいると判断するであろう顔色だ。もう新車とは呼べないらしい車内のメーターパネルは法定速度よりやや遅い数値を指し示していて、それはそのまま本人の足取りの重さが表れているようにも思えた。
「そんなことを言わないでくれ。私は阿良々木先輩のことを心から慕っている。だから、あなたが悲しんでいると私まで悲しい気持ちになってしまう」
 後部座席に座っていた私は、前方のシートごと阿良々木先輩を抱き締める。運転免許を所持していない私には、しっかりとアルコールが効いていた。酔って愉快な気持ちになっていたことは否定しないが、彼に捧げた言葉は決して嘘ではないのだ。
「お前は知らなかったかもしれないけどさ、僕はお前に好かれるような立派な人間じゃないんだよ」
「そうか。阿良々木先輩がそう言うのなら、そうなのかもしれない。だけど、阿良々木先輩は頑張っていると思う」
「そうだと良いんだけどなあ」
「うん。どうか胸を揉んで欲しい」
「胸を張って、の間違いだろ」
 心臓の辺りに掌を回す。そのままぎゅうっと握り込むと、相手の身体が強張ったのが分かった。
「うん。でもそうまで言うのなら……他ならぬ阿良々木先輩が望むなら、例えそれが死出の旅路であっても、私はお供させて頂く所存だ」
「神原……!」
 目尻を潤ませながら私の名を呼ぶ先輩は、酷く感動した様子だった。心の中で思っていることをほんの少し言葉にしただけで相手の心をこんなにも動かしてしまえるとなると、なんだか面映ゆい気持ちが沸き上がってくるけれど、一方で阿良々木先輩に喜んで貰えて素直に嬉しい、という素直な思いもある。
 しかし、一体どんなトラブルに見舞われれば、この人の自己肯定力がこんなにも削がれてしまうのか。私の十九年余り続いている人生の中でも高難度の謎のひとつに挙げられるが、まあ十中八九別れた彼女の名が絡んでくるのだろうし、ひいてはそれに近しい友人の存在も絡んでくるのだと思うのだけれど――それをこちらから突くのも酷というものか。阿良々木先輩が私を後部座席に乗せているのは、私が忠実なエロ奴隷だからというのが主な理由だろうが、私が相手だとそういう事情を詳らかにしないで済むから、というバックグラウンドもなくはないだろう。生まれた年がひとつ違うだけで、親しい先輩達との間に薄い壁を感じていた高校生活だったけれど、ここにきて利点を見出せるというのも少し皮肉な話だ。
「ただ、ひとつだけ懸念があるな」
「懸念?」
「処女のまま死にたくない」
「プレッシャーが強い」
「いや、良いんだ。そう気にしてくれなくとも良い。この期に及んでうるさいことを言いたくはないのでな」
「既に十分うるさいよ、お前」
「ん?」
 思い詰めたような、はたまた少し呆れているような声に顔を上げると、すぐ目の前に阿良々木先輩の顔があった。運転席から身を乗り出すようにして、私と目を合わせようとしている。相手の頭越しに確認した信号の色は赤だった。意図が読めなかったので、そのまま黙って静かにしていると、彼は緊張とか逡巡とか葛藤とか期待とか、そういうあれこれを全部まとめて煮詰めたような表情を浮かべたまま、唇をくっつけてきた。柔らかくてふにふにとした感触がくすぐったい。
 どんなに辛くても、どんなに悩んでも、最終的にこういうことが出来る人はなんとか生きていけるんじゃないかなあ、と思わなくもないのだが、提言出来ないのは私が狡い人間だからなのだろう。
 赤だった信号が青になって、黄になって、それから再び赤になってから、阿良々木先輩は正面に向き直った。アクセルが踏み込まれてクルマが発進する。
「でも僕、死んだところで地獄堕ちが確定なんだよな」
「そう悲観的になられるとかえって嫌味っぽいぞ、阿良々木先輩。今日までにあなたが助けてきた人間の数を、私が知らないとでも?」
「尊敬の眼差しで見つめてくれているところ悪いんだけどさ、神原くん。確かに、僕が人を助けた機会は人よりちょっと多かったのかもしれないけれど……僕、吸血鬼まで助けちゃってるし」
「ああー……」
「だからまあ、地獄に行くこと自体に今更文句を言う気はないんだけどさ。あの世はあの世で知り合いが多くなっちゃったから、いざ死ぬのもちょっと面倒っつーか……」
「知り合い?」
「色々あるんだよ」
「ふうん」
 阿良々木先輩は溜め息をひとつ吐いて、それ以上は教えてくれなかった。だからよく分からなかったが、私のような若輩とは経験してきたものや背負っているものが違うということだろう。
 まあ確かに。仔細を説明するとかえって嘘っぽいので、阿良々木先輩に打ち明けたことはないけれど、私も死んだ筈の母の声を聞くことは頻繁にあるし。幽霊を見たこともあるし。そういえば阿良々木先輩にも幽霊の友達がいると聞いている。なので、彼岸で知人を作る機会があったとしても今更驚かない。私も、所謂「あっち側」で死に別れた母親と遭遇し、その際阿良々木先輩といるところを冷かされでもしたら、どういう顔をしたら良いのか困ってしまいそうだ。
 しかし、「怖いから」とか「苦しみたくないから」ではなく「知人に会うのが気まずいから」という理由で地獄行きを渋るというのも、阿良々木先輩らしいといえばらしい。らしくて、そして可愛らしい。
「大丈夫だぞ、阿良々木先輩。たとえ忍ちゃんを助けていなくても、戦場ヶ原先輩や羽川先輩、そして私に手を差し伸べていなくとも、阿良々木先輩が阿良々木先輩である限り、最終的な結果は変わらなかったと思うぞ。世界的に見ても、自殺を選んだ時点で地獄に行くことになる宗教は多いから」
「あれ? お前ってそういうの、信仰してたっけ?」
「無論、私は神様より阿良々木先輩を信じているけどな」

 とりあえず場所を変えよう。どこかで頃合いを見て、そしてどうするか決めよう。そんな感じの軽いノリで、心中計画は曖昧にまとまった。
 あまりはっきりと言ってしまうのもどうかとは思うのだが、要は阿良々木先輩なりの現実逃避なのだろう。お金と時間を掛けた現実逃避。モラトリアムと言い換えても良いかもしれない。ならば、私が口を挟むのは無粋だろうし、形はどうあれ、彼がこの試みに巻き込む相手として私を選んでくれたことには純粋に興味があった。先輩方の背中を追い続けて久しい私だが、たまには一緒に深淵を覗いてみるのも悪くなかろう。と、知らない街の不動産会社で、彼が短期賃貸マンションの契約を結ぶ姿を眺めながら漠然と思った。
 敷金礼金保証人不要の文字列に一抹の不安を覚えつつ、まあ週単位で契約する物件ならそう酷いことにはなるまい、と希望的観測を多分に持って、受け取ったばかりの鍵を鍵穴に差し込んで回す。借りたばかりの部屋は壁紙の色が目新しかった。空気がこもっていたのですぐに窓を開ける。備え付けの家具には所々に使用感が残っていたけれど、ずっと人の気配が近くになかった所為か生活感に欠けていた。生活する為に用意された部屋。なのに家主が存在しない。なんだか言い表しがたい奇妙な感覚があったが、少なくとも私が昨日まで暮らしていた部屋よりは部屋らしい。床が見えるし、片付いている。
 阿良々木先輩から打ち明けられて以来初めて一人になったのはこのタイミングで、ふと、私も先輩と同じような溜め息がせり上がってきた。
 駐車場まで借りると高くなるから、という少し情けない理由で、阿良々木先輩は実家にクルマを置きに行っていた。その後電車を使ってとんぼ返りするらしい。知人が誰も居ない土地に行きたいという願いを汲んで遠方の地に部屋を借りたのに、なんだか目的を見失っているような気もするが――まあ、阿良々木先輩が疑問に思っていないのなら良しとしよう。
 それからは特にすることもなかったので、部屋のフローリングに尻を付けてぼんやりしていた。いきなり身ひとつで連れてこられたので整理するような荷物もない。先輩と一緒にいるうちは気にならなかったが、一人になってしまうと途端に退屈だった。読みかけの小説でも持ってくれば良かったかなと考えて、まあ同じ本を買い直すことなんてしょっちゅうだからまた明日にでも購入すれば良いだろうと思い至り、そういえばこの辺りに本屋さんはあるのかな、と続けて考える。かように、通読しているシリーズものの小説がエンディングを迎えるより先に、自分の人生のエンディングを迎える可能性がある、という現状の問題が今一つ想像出来ていない。現実感と緊張感がちょっと欠けているかもしれない。
 時刻が午後の六時を回った頃にスマートフォンが鳴って、阿良々木先輩から「駅付いた」と「ちょっとコンビニ寄ってく」のメッセージが入る。同時に自分の胃袋がくう、と鳴って、空腹を訴えてくる。阿良々木先輩もお腹を空かせているのかもしれない。私に料理の一切を期待してはいけないぞ、ということは既に彼にも伝えてあるので、きっと何か食べるものを買ってきてくれるだろう。食べることは即ち生きることだと、本の中の登場人物はよくうたっている。正直極論だとは思うし、これまでに自殺した人達が、死を選ぶ直前の夜、須く何も食べなかったのかといえば、それはそれで疑わしいと思うのだが、しかし、本能の近くにある欲に従って行動している先輩からは、少なからずリビドーを感じる。だから、私はこの心中計画を楽観視しているきらいがあった。ここで先輩が食料ではなく、ガムテープと練炭を買って来られたら、流石に考えを改めなければならないが。
 しばらくすると、阿良々木先輩が玄関のチャイムを鳴らした。この部屋のチャイムはこういう音がするんだな、と初めての発見に浮足立ちながら内側からドアを開ける。どんな経緯であれ、住処が変わるというのは非日常的で、少しわくわくしてしまう。
「おかえり、阿良々木先輩」
「お、おう……ただいま」
 如何にも口に馴染んでなさそうなたどたどしい挨拶だった。

 阿良々木先輩が買って来てくれた、温めるだけで食べられる肉野菜炒めに七味を振る。炊飯器は部屋に備え付けられていなかったので、白米も電子レンジで温めて食べるものが用意された。私はこれだけで、なんだかもう料理をしたような気持ちになれてしまうのだが、彼は自ら進んで台所に立つタイプではないのに、この感性には些か否定的だ。だけど、安易に妹や彼女や幼馴染と比べられても困ってしまうというのが私の本音である。人には出来ることと出来ないことがあるし。
「私に出来るのは精々、あなたに付いていくことくらいだ。阿良々木先輩にだったらどこまでだって付いていける」
 と、米を噛みながら伝えると、彼は複雑そうな顔になった。
 しかし、自炊に不慣れな二人だけになってしまって、阿良々木先輩はこれから(短いかもしれない生い)先をどうやって乗り切る心づもりなのだろう? 私の料理スキルの向上を待っていたら、それこそ自然死するより時間が掛かってしまうのではなかろうか――と、そんな冗談はさておいて。
「で。手っ取り早くて確実な方法となると、やはり入水だと思うのだが」
 単刀直入に切り出すと、阿良々木先輩はぎょっとしたような顔になって、箸で摘まんでいた玉葱をぽろり、と取り落とした。すかさずレトルトご飯の蓋でキャッチする。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、神原。少なくとも、食べている最中にそういう相談は止めようぜ」
「うん? そうか?」
「食欲失せるだろ」
「まあ……一番苦しい死に方だと聞くからな。溺死。だからこそ私は惹かれるのだが」
「死に方にまでストイックさを求めるな」
「私はどこに出しても恥ずかしくないマゾだ」
「はあ……それがお前のすげえところなんだって」
「すごいところ?」
「僕の生涯には恥しかなかったぜ」
 軽口の延長線上で、阿良々木先輩は眉間に皺を寄せた。彼が私を褒めるようなことを口にするのは、なんだか珍しいような気がした。相手の箸から落ちて受け止めた玉葱を噛み締めながら、その意図を少し想像してみる。砂を噛むような感触をじっくりと確かめていたら、先輩の言いたいことも分かるのではないかと期待したけれど、やっぱり上手く分からない。元来、私はものを深く考えることが得意な質ではないのだ。
 床を食卓にしてご飯を食べた後は、部屋と一緒にレンタルした寝具に二人で丸まって眠った。手続きの関係上、水道の開栓は明日からだというので、上手くいけば早朝には熱いシャワーを浴びることが出来るかもしれない。全く馴染みがない毛布の匂いに包まれ、何かを期待しながら瞼を閉じる――これは余談なのだけれど、ベッドはひとつ、布団もひとつで、これはいよいよ処女を貰って頂けるのではないか? と、密かに覚悟を決めていたのに、先輩は早々に健やかな寝息を立て始めた。解せない。
 ……まあ、良い。また明日にでも改めて、抱いて貰えるようねだろう。
 閉じた瞼を持ち上げて、相手の寝顔が狸じゃないことを確認し、今度こそ目を瞑る。阿良々木先輩の体温が未だかつてない程近い場所にあって、それが遠くない将来、世界から消えてしまうものだとは到底思えなかった。

 
02

 それからあっという間に一週間が過ぎて、何事もなくウェークリーマンションの賃貸契約は満了し、阿良々木先輩はもう一週間分契約期間を延ばした。

 
03

 そして三週間目に突入して、流石の私でも何かがおかしいことに気付く。だけど、その違和感の正体がなんなのかを説明することは叶わず、私はすっかり自分の匂いに馴染んだ布団の中で亀のポーズになっていた。阿良々木先輩は自身が幼少期から積み立てていたお小遣いから、つまりは俗に言う「お年玉貯金」というやつから家賃を捻出していたらしく、それがまもなく底をつきそうだということで、二、三日前から求人誌を眺めている。生きることを疎ましく思いながら、明日のお金の心配をしている。
「我ながら随分と親不孝な使い方をしちゃったぜ……」
 と、物憂げに呟く彼の横顔が格好良かったかどうかを問われると、答えに困るのが正直なところだったので、訊かれなくて助かった。
 ちなみに、このご時世にどうしてインターネットで求人情報を探さないのかといえば、スマホの電源を入れたら最後、妹二人(時々親)からの着信の嵐が吹きすさび、ネットサーフどころじゃなくなるから、だそうだ。失踪して三週間が経った今でも新鮮な鬼電を入れてくれる妹さんがいるとは、阿良々木先輩は流石である。いや、この場合凄いのは火憐ちゃんと月火ちゃんかな?
 毛布から頭を出し、相手の様子を伺う。以前と比べて、阿良々木先輩の顔色は幾分か良くなったような気がする。目の下にクマも作ってない。それこそ三週間前、クルマのシートの上で初めてべろちゅーした時よりは元気そうだ。少なくとも今すぐ死んでしまうような様子には見えない。
 ならば、この茶番はいつまで続くのだろうか。
 死ぬ(かもしれない)までの短い間にも、私は新しいことをいくつか覚えた。この年になるまで、同世代の異性と暮らしたことがなかったので、先輩との日々は発見の連続だった。キッチンの蛇口をひねれば水が出るのに、阿良々木先輩はわざわざコンビニでミネラルウォーターを買うということ。コーヒーよりも紅茶を嗜むということ。だけど紅茶よりもっと好きなのはコーラだということ。だけど両親の教育の賜物(本人は弊害と言っていた)か、大人になっても思う存分好きなだけ炭酸飲料を飲むのは気が引けてしまうということ。どんなに好きでもどうにもならないことがあること。自分の好きと付き合っていくのは難しいということ。阿良々木先輩は生きることが好きで、言い換えれば自分が生きている世界に存在する大半のものが好きで、好きでいたくて――だけど好きでいたいだけではどうしようもなかったということ。この生活が始まってすぐの頃、私は阿良々木先輩が好きな色だと言っていた水色の下着を買い足したけど、実はあまり気にされていないこと。行為が本当に気持ちが良いものだと知ったのは二週間目のことだったけど、阿良々木先輩はベッドでするのが好きで、しかし私は風呂場でするのが息苦しくて中々気に入っていること。一度だけそういう雰囲気になったので、戯れに首を絞め合ってみたら、阿良々木先輩が泣いてしまいそうになったということ。本人は格好悪いと恥じていたけれど、私は全然気にならないということ。阿良々木先輩は阿良々木先輩で、私はどう頑張っても阿良々木先輩にはなれないけれど、しかし阿良々木先輩も私と同じ人間なのだと知れたのは嬉しいということ。だけど、猿の手を失って久しい筈の私にも、人間を殺す力はあるのだということ。
 そんなことを沢山覚えた。
 覚える度に、この人が死んでしまうのはやっぱり勿体ないなあ――なんて。かつて「阿良々木先輩なんか居なくなってしまえ」と願ったことがあるのは他でもない自分なのに、そんな都合の良いことを考えて。成程、戦場ヶ原先輩は、私のことを都合の良い後輩だと評していたけれど、かような様を見抜かれていたのかもしれない。
 阿良々木先輩の伸ばしっぱなしの長い前髪を見つめていたら、相手もこちらを向いた。御眼鏡に適うアルバイトは見つからなかったらしい。求人ペーパーと付属の履歴書が脇に放られて、それからこちらに手が伸びてきた。その手付きが恐ろしく遠慮がちな様子だったので、私は腹を見せるつもりで目を瞑ってやると、やっと緊張が解けたように頭髪を触られる。阿良々木先輩は女の子の髪が乱れている様はあまり好きではないらしく、布団の中で絡まった私の髪をよく手櫛ですいた。その度に、私はまるで猫か何かにでもなったような気持ちになる。しかし、阿良々木先輩は猫が苦手だという。
 とどのつまり、三週間目に得たのは穏やかな時間だった。多分、この頃合いで、私が元スポーツ少女らしく「ちょっと外に身体を動かしにでも行こう」とでも誘えば、阿良々木先輩の抱えている生き辛さや苦しさの大半は、とりあえず押し流してしまえると思う。先延ばしにすることは解決方法のひとつだと、過去から私は学んでいた。だけど、それを今、提案する気になるかと言えば。
 …………。
「そもそも阿良々木先輩って死ねるのか?」
「さあな。実際二回くらい死んだことあるけど、結局生きてるしな。多分、そこでタイミングを見失っちまったんじゃねえかな」

 

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