240学パロ

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「なんだ。来てたなら連絡してくれれば良かったのに」
 そんな風な軽い調子で、神原選手に捕まった。昇降口前でたむろしていた私に、その言い方は少なからず語弊があるというか、有り体に言ってしまえば業腹ですらある。彼女が彼氏を待つ時のそれじゃないのだから。
 肩からは大きなメッセンジャーバッグが下がっていて、如何にも下校途中といった出で立ちだった。
「だって連絡したら、教室まで上がって来いって言われそうじゃないか」
 あと、きみはスマホを持っていないから。とは言わなくても良いことだったかもしれない。
「ん。まあ、それは否定しないがな。あと、二つ折り携帯は持ってるぞ。何日ぶりの登校だ?」
「もしかしなくとも、フィーチャーフォンのことかい? いや、そこまでじゃあないよ。一ヶ月くらい」
「ふうん」
 返事は素っ気ない。言う程、彼女も不登校児の心理に興味はないのだろう。だから、学校に来たくない? なら一緒に行こうか。とか、そういう寒々しい台詞も普通に言えちゃうのかな。言えちゃうんだろうなあ。
 ふと、『神原先輩』に対して別れを告げる声が聞こえた。律儀にさようならの挨拶を残したその子は、初等部か、中等部か。分からなかったけれど、『神原先輩』じゃない私に残されたのは、左足に纏わりつくような、有象無象からの好奇の視線――いや、有象無象なんて、本当の意味ではこの学園にいないか。
 想像しただけで、あのテンションの高さに辟易する。だから、とは言わないけれど。高等部に上がってから教室のドアをくぐったことは殆ど無かったし、そのことについてさしたる罪悪感も覚えない。覚えるとしたら、素行の悪さを論われて、件のクラスに編入させられたら困るなあ。なんて危機感なのだけど、私の役回りには過ぎた心配である筈だ。
 憂鬱な気持ちを振り払うように、私は神原の肩に手を伸ばす。ベージュのカーディガンに張り付いてた花弁を払い落とした。その桜色を見て初めて思い出すくらいには、私は所謂『新学期』というものに疎くなっていた。
「あ、そうだ。桜シェイク飲みに行こうよ。春メニューにあるだろう?」

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