りんご飴

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 八月の半ば。
 この時期になると、地元の町でもささやかながら夏祭りが催される。
「りんご飴、食べない?」
 突拍子もなく差し出された赤い玉を一本、私は彼女の手から受け取った。
 割り箸の上に刺さった小ぶりの実は、その可愛らしい外見から想像するよりバランスが悪く、手にした途端不安定な気持ちになる。そうでなくとも、こいつから貰ったものを口に入れる時は、どうしてか緊張に似た気持ちを覚えるのに。
 申し訳程度に貼り付いている透明な包みを剥がし、艶やかな飴に包まれたりんごに噛り付く。自慢にしている自分の歯が、がり、と遠慮のない音を立てて赤玉に亀裂を入れた。
 がっつく私を飽きれたように見やってから、沼地は自分のりんご飴を静かに一舐めして。
「なんだか花の無い格好だね」
 と、私のシャツの裾を摘まむ。
 何の言いがかりかと思えば、どうやら私の服装に対してらしい。確かに、デートの時に着る様なお気に入りの服とかでは決してないけれど。
「お金持ちの神原選手なら、浴衣くらい持っていそうなものだと思っていたけれど」
「持ってはいるけど、着付けが出来ないんだよ」
「家の人に頼んだら良かったのに」
「普段ならそうするんだが……」
 この暑い中だというのに、いつもと変わらずのジャージ姿のお前に言われたくはない。
 八つ当たりの如く、二口目も勢いをつけて、がり、とやった。
「……りんご飴って、なんか好きなんだよね」
 私の味わい方が勿体無いとでも言うかのように、自分は丁寧に口を付けながら言う沼地。
 珍しく、どこか可愛らしい話題の振り方だ。ガムは豪快にバリバリやる癖に、飴は丁寧に舐めているのは好きだからこその味わい方なのか。
「果物の元の形がそのまま丸ごと飴の中に封入されているところ、ちょっと面白いなって思わない?」
「あんまり考えたことはなかったが……」
 現に私の手元の飴は、既に自分の口の形に半壊してしまっている。
「一番綺麗で美味しいものを、一番綺麗で美味しい時期に閉じ込めている感じがするじゃないか。それを口にするとなると、なんだか贅沢な気持ちになるんだよね」
 そして、彼女は自分の飴を愛おしそうに眺めたが、私には分かるような分からないような話だった。
 それでも沼地は語るだけ語って満足したらしい。
「神原選手の好きなものは? まさかチョコバナナとか安直なことを言う?」
「いや普通に好きだけど……少なくともお前の前ではそういうネタには走らない」
「じゃあ何? チョコバナナでもかき氷でも何でもいいけれど、私が好きなものを奢ったんだから、次はきみの好きなものを奢ってよ」
 と、なんだか強引なことを言う。
 いや、そもそもの話。
「……あのさ」
「ん?」
「お前と屋台を巡ろうとか、そういう約束してたっけ?」
「してたんじゃないの? こうして一緒にいるんだし」
「うーん……? いや、そんな覚えはな――」
 そこで私の反論は封殺された。
 相手の飴を自分の口に無理矢理押し付けられたからだ。
 食べかけの赤い玉が離れた後で自分の唇を舐めれば、べたつく甘い味が舌を刺激し、文句を言う気も失せてしまった。
「ほら」
 手を引かれて歩いた参道は、心なしかいつもより人通りが少ない気がした。

 なんとなく気怠い気持ちで家に帰ると、おばあちゃんから矢継ぎ早に、『玄関で火を焚いて頂戴』とお願いされた。理由を聞けば、今日は迎え盆だと言う。
 忘れていた、というより、意識の範囲外だったけれど。夏休み中の学生の意識なんてそんなもんだろう、と自分に甘いことを考えながら、外でマッチを擦った時。
 そこで遅まきながら私は気付く。
 ああ、そうか。もしかして。
 あいつも、お盆だから帰って来たのか。
 この暑い中だというのに、わざわざ私が見慣れたジャージ姿で。
「……お前の好きな飴と一緒だな」

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