一秒。
私とあの子がキスをした。
二秒。
何が起こったか理解が追いつく前に、私の目前には、瞳を閉じて唇を押し付ける彼女の顔があった。
きめの細かい白い肌だとか、睫毛の長さだとか、そういう所はやっぱり女の子なんだなぁって思う。
そう。どんなに彼女の内面が、そして風貌が変わったとしても。
三秒。
しかし、そう呑気に構えている訳にもいかない。
合意も無しに唇を奪われて黙っていられるほど、寛容な性格は持ち合わせていないのだ。
とまあ、ここまで冷静に語ってきたけれども、実際には、口を離そうと躍起になっている私は、正直とても見られた様じゃなかっただろう。
四秒。
しかし、その努力は徒労に終わる。黙らされた、と言うのが正確な表現かもしれない。執念に折れたというか。
諦めたように目を閉じる。
自分は諦めが悪い方だと思っていたが、必ずしもそうだと言い切れないらしい。
それは彼女が相手だからそうなのか、それこそ先輩が相手だったら、私はどう動くのだろう。
五秒。
それでも抵抗を諦めることは無く、入ってきた舌には歯を立てた。
すると、粘り強さが売りの彼女が、思いの外早々に撤退する。
追い出した身でありながら、その素直さに不気味ささえ感じた。
六秒。
依然として口が離れることは無く。あの子は自分の唇を、私の唇に擦り合わせるように動かした。
軟らかな感触が私の表面を撫でていく。
擦り付ける様は、彼女が私という場所にマーキングしているようだと思った。
マーキング。
のよくわからない人生の中で、なんというか、これが生きた証みたいなものになるなら、それはそれで良いのではないか、という気もした。
いや、それは重すぎる考え方だろう。
七秒。
熱い。そして、苦しい。
唇の縁をなぞられる度に、彼女の口が酸素を求めて息を吸う度に、私も負けじと息を吸おうとする度に、吐息が交わる度に、身体の奥がぎゅうと締め付けられるような感覚に襲われる。
触れられた場所に全神経が集中する、とは何の本で読んだフレーズだったか。身を以て体感する日が来るとは思いもしなかった。
八秒。
また、彼女の舌が入ってきたが、今度は抵抗する元気はなかった。
されるがまま。なされるがまま。
腰が疼き、とろけ落ちそうになっている事実を、嘘だと思いたい。
膝を折り、砕けそうになったのを察されたのか、彼女は私を抱え込む。いや、非常に不本意ではあるが、正面からぎゅう、と抱きしめた、と言った方が正しいかもしれない。
悔しいことに、それはどうしようもなく恋愛脳な私が、憧れたことがあるようなキスだった。
九秒。
しかし、背を抱く腕は、その左腕は――。
十秒。
私はあの子を押しのけた。
「あと一秒だったのに」
彼女はそう言って笑うだけで。でも、その頬は確実に上気していて。でも、それ以上私の唇を追ってくることは無かった。