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「ふうん? 昔はあんた、あたしの後ろばかりついて回っていたのにねえ」
 鼻に付くようなドヤ顔で、臥煙は可笑しそうに笑った。すると、腕に抱かれた赤ん坊も、どことなく似たような顔で笑った気がした。生まれたての赤ん坊に感情のレパートリーなど期待するべくもないのに、だ。
 この女が子を産むなんて、事実を目の当たりにしても未だに信じられない。なんともつまらん女になったものだ――もっとも俺には、信じているものなんて何ひとつありはしないのだが。
 勿論、澱のように胸中に溜まった感想を、本人に伝えてやる筈もない。俺の口が次に繋いだ言葉は、
「人聞きの悪いことを言うな」
 という、愛想のない返事だけだった。
「臥煙、俺が言いたいのは、そういうことじゃあなくてだな――」
「おや、貝木があたしに言いたいことがあるとは珍しい。日頃喋りはしても、積極的に人にものを教えたがるタイプじゃないきみから、あたしはどんな助言を受けるのかな?」
「…………」
 封殺されられたのはわざとだろう。あからさまな教え子扱いを受けた俺は、黙ることで不服を申し立てることにした。臥煙はそんな俺を見かねたように。
「ほら、貝にいちゃんに抱っこして貰いな」
 と、子供を渡してこようとした。
「遠慮させて貰う。なんだ、その悪趣味な呼び方は」
「まあ、あんたがあたしをどう思っていたのかは、なんとなく分かっちゃいたけどね」
 かように、俺が心酔していた相手は、都合の悪いタイミングで都合の悪いことを見透かしてくるような女だったので、俺はまた利にならない嘘を吐く羽目になる。

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