泡沫に泳ぐ魚

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06

 進展がないまま一週間が経過した。
「まもなく直江津高校でもプール開きですが、駿河先輩は水着のご用意はお済みですか?」
 わざわざ昼休みに三年生の教室を訪ねて来る程、彼は私を慮ってくれているのか、はたまた面白がられているのだろうか。きっと後者なのだろうなあ、と私は今日も忍野扇くんの顔を見ながら思う。

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泡沫に泳ぐ魚

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01

 沼地蠟花と私の関係を、私は上手に言い表せない。
 高校三年生の四月、およそ三年ぶりに再会した私と彼女は、友達と呼べる程穏やかな間柄ではないし、好敵手と呼ぶには時間が経ち過ぎていた。
 互いが互いのライバルだともてはやされていたのは、中学時代のコートの中での話であり、今や過去の話である――否、それでは聞こえが良過ぎるか。昔の思い出はとうに過ぎたものだからこそ、何か良い感じのニュアンスで思い出されるだけなのだろう。

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祈る

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02

 沼地と墓参りに行くのは決まって夏だった。しかし、彼女の命日が暑い日だったのかと言えば、別段そんなことはないらしく、彼女の訃報が新聞の隅に小さく載ったのはもっと、暑くも寒くもない、印象に残らない日だったのだという。雨が降っていたのかさえ覚えていない――というのを、私は人づてというか、本人づてに聞いた。
「最初は死んだことにも気付かなかったしね。どうして気付いたのかと言えば、それも大きな切っ掛けがあった訳じゃあないから、面白い話は出来そうにないな」
 と、彼女は言うし、その通りだとも思う。
 私と沼地の間にあるのは、愉快な時間ではないのだ。

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祈る

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01

「なんだかんだ言って、きみとコートの中に立っていた頃が、私にとって一番良い時代だったんじゃないか――なんてことを偶に考えるよ」
 と、その日の沼地はあまりに感傷的にぼやいたから、危うく私も「そうだな」と同意してしまうところだった。

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 クリームソーダの美味しいお店がある、と神原選手に誘われたので、学校の帰り道、私は彼女にのこのことついて行った。いくら直江津高校が進学校とはいえ、寄り道のひとつもしないようでは女子高生として不健全というものだ。
「だけど、どうしてクリームソーダなんだよ。今のご時世ならタピって帰るのが一般的じゃない?」
「それは昨日、別の友達と行ったから良いんだよ」
 と、神原はこちらに目もくれず、つんとした表情で私の前を歩いている。
 この田舎町でどこにそんな店があるのか、不勉強な私は知らなかったけれど、対する神原駿河選手の交友関係の広さは流石と言おうか。私は未だ飲んだことのない流行りの味を想像しながら、彼女の背を追った。
 神原選手が足を止めたのは、煉瓦造りの年季の入った建物だった。カフェ、というより喫茶店という表現の方が似合う気がする。意味合いは同じなのだろうが、私達を出迎えた分厚い半透明な自動ドアを前にして、私はそんなことを思った。
 扉の前に立つ。隙間からエアコンの冷気がふんわりと漂って来て、するとやっと喉を潤したい気分になってきた。

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