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「なんだかんだ言って、きみとコートの中に立っていた頃が、私にとって一番良い時代だったんじゃないか――なんてことを偶に考えるよ」
と、その日の沼地はあまりに感傷的にぼやいたから、危うく私も「そうだな」と同意してしまうところだった。
代わりに沈黙で返事をした。夏の陽は高く、幽霊が化けて出るのには相応しくない快晴の日だった。砂利道を蹴って歩く私の横で、沼地はえっちらおっちら松葉杖で地面を叩いているが――無論、その様も単なるパフォーマンスだということを私は既に知っている。いわんやその切なげな台詞においてをや。
「なんなら今からでもお前の墓参りに行くのは止めて、行き先を市民体育館に変えるのも吝かではないぞ」
「皮肉とはきみらしくないなあ。勿論、引退したバスケットプレイヤーとは言えど、その誘いを無下にする程野暮じゃあないけどさ。せめてこの花は供えてからにしようぜ」
と、彼女は松葉杖を持っていない方の手で、持っていた仏花を振り上げた。白色の花弁が数枚落ちた。
対して、私の手にあったスーパーのビニール袋は重くなったような気がする。中身はペットボトルのお茶と紙で包まれたお線香の束とブックマッチだ。これがネットに入れた新品のバスケットボールであれば私の気もちょっとは紛れたかもしれないが、人生思い通りには行かないものだ。
「そうかな? 終わった後だから気楽に言えるんだろうけれど、人生ってやつは存外思い通りに、自分の好きな通りに歩めるものだぜ?」
「それは本当に終わった後だから気楽に言えることだよ。というか、お前、それは好き好んで成仏してないってことか?」
「いやいや、違うよ。つまりは終わった後の方が上手く行かないってことさ」
そう言って、彼女は気ままな笑顔を作った。
はぐらかしてばかりだな、こいつは。
◇
沼地の墓はよく日の当たる場所にあった。なんだか似合わないと言うと失礼かもしれないけれど、私の知る彼女の印象と比べてみても、目の前の墓石は嘘っぽくてどこか現実感に欠ける光景だった。無論、それは自分の墓石を自分で拭いている彼女のあり様も含めての感想だが。
花を生け、マッチを擦って線香に火を移し終えた頃には、私も首の後ろが汗で濡れていた。
見れば、隣で静かに手を合わせている沼地も額に汗を描いていて、心成しか呼吸のペースもやや早い。そんな様を見ていると、こいつが本当は死んでいるなんて嘘で、質の悪い冗談で、季節外れのエイプリルフールか何かで、本来はそれこそ私とコートの中でだけ対面する関係が正だったんじゃないか、という気持ちが胸の内から沸き上がりもしたが――しかし、持って来たお茶を一口飲めばそんな浮ついた考えは、それこそ煙のように立ち消えてしまったのだった。
線香が細く燃えている。煙の尾が静かに消えていく。
どうして私の好敵手は死んでしまったんだろう。