至情には未だ遠い #3

Reader


「君はやはり、女性と過ごす方が好きなのかな」
 らしくない質問に、おや、と思った。さっぱりとした気質――が本質なのかは定かではないが、少なくとも俺はそう思っている――先生から、そんな粘ついた言葉が発されるとは今の今まで想像していなかったからだ。ただ、あまりに淡白な調子で呟かれたので、俺の貞操観念についてを問い質されている訳ではないらしい。経験上、耳にしてすぐはその言葉に身構えてしまったが、俺は俺の直感を信じて、目の前にあった先生の肩に腕を回す。
「いやいや。確かに女の子と過ごすのは嫌いじゃないです、が……その言い方だと語弊がありますね。先生だからこそ、俺はこうしてここにいるんですよ」
「そういうのはいい」
 つれない調子で返され、絡ませていた腕はあっけなく外された。いやまあ、分かってはいましたが。俺が調整した甘い声が、先生に届いたためしはついぞなかった。触れていた人肌が遠退いて、反射的に名残惜しさを覚える。こういう時に惜しまれない辺りは俺もまだまだなのかね、と落胆の気持ちが通り過ぎたが――いや、今考えることじゃあないか。
「じゃ、どういう意味なんです? ひょっとして、昼間に俺が女の子を引っ掛けているのを見かけた、とか?」
「……シルヴァン。あまり女性を泣かせるような真似は」
「あ。もしかして藪蛇でした? 参ったなあ……正直、先生が鎌をかけてくるなんて思ってもみなかったから、つい余計なこと言っちまいましたね――じゃなくて」
「鎌なんてかけてない。そのままの意味だ」
 そんな台詞を、普段授業中に聞く声と同じ温度で語るのだからぞっとする。
「仮に、もしそうだとしたら、申し訳ないと思って」
「……どうして?」
「自分はちゃんとした女性じゃないというか……女性らしい面が乏しいから、かな」
「……あのね。こんなに立派なもん持ってて、それはないでしょう」
 軽薄さを盾にしながら、懲りずに先生の腰に手を回した。大した抵抗もなく抱き寄せられる。これ以上なく如何にもな、呆れましたという意思を乗せて、耳の下で溜め息を吐いた。先生くらい美人で、おまけに良い身体している女の子ってのもそうそう居ないだろうに。これも所謂、持ってる側の悩みってやつなのかね。だったら共感しないでもない、が。
 しかし、先生のそれがどういう意味で投げ掛けられた問いだったのか、正直なところ俺にはさっぱりだった。そのままの意味、と言われたところで、俺は先生のあるがまま全てを知っている訳ではない。それもお互い様というか、俺は俺で余計な本音を削りながら先生と時間を潰している――偶に、ちょっと失敗することはありますがね。そんな俺を見て、先の、女性に関する云々を問われたのであれば、案外この人は見る目がないな、と言わざるを得ない。……ああ、もしかして。「好きなのかな」という言葉は、実は否定の意味を孕んでいないかを探られたのだろうか。
 もしそうだとすれば、この人はとても恐ろしい人だ。
 顎を肩口に乗せたまま黙考していると、それまで身じろぎひとつしなかった先生が、俺の重さに耐えかねたように、
「すまない。よく分からないことを言った」
 気にしないでくれ、と続けられて。そりゃあないでしょうよ、と本音が持ち上がる。ここで捨てられちゃあ酷ってもんでしょうよ。しかし、離れていく先生の、昏い翡翠の目を、果たして自分が追っても良いものなのかと悩んだ挙句、そのまま手放してしまうのが俺だった。
「ま、先生の言うちゃんとした女の子ってのが何を指しているのかは分かりませんが。その辺の連中と比べて浮世離れしてる、って意味なら、否定はしませんがね。でも俺は、たとえ先生が野郎だったとしても、一緒にお茶くらいは飲んだとは思いますよ」
 寂しさを誤魔化す為、なんの慰めにもならない冗談を交えながら、へらへら笑って見せると、先生もつられるように笑った。
「知っているよ」
 と、やっぱりよく分からないことを、まるで心からの気持ちのように言う。

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